学生によるサイエンスコミュニケーション

極限環境微生物の可能性と脅威

SMALL TALK about SCIENCE

みなさんは地球温暖化によって、私たちの生活にどんな影響がある思いますか。災害の増加や生態系の変化、海面上昇…いろいろあると思います。その中で私が興味をもったのは、永久凍土に住む微生物たちです。

2014 年には永久凍土から3万年前に地球上で生息していたとされる未知のウイルスが発見され、その蘇生に成功したとフランス国立科学研究センターが論文を発表しました。モリウイルスと名付けられたこのウイルスはとても巨大で、ヒトには感染しませんがアメーバに感染し、12時間で1000 倍に増殖すると言われています。モリウイルスはなんと平均気温が氷点下13.4度の東シベリア海に近いツンドラ地帯から採取した、深さ30メートル地点の永久凍土のサンプルから発見されました。

永久凍土には危険な微生物も眠っているとされています。2016 年、シベリアのヤマル半島で12 歳の少年が炭疽菌による感染症で死亡しました。この感染原因は75年前に死亡したシカの死体で炭疽菌が生き延びており、永久凍土の融解によってその胞子が大気中に放出したためと考えられています。炭疽菌とはバシラス属に属する通性嫌気性の菌です。酸素の有無にかかわらず生息することが可能で、生体内では莢膜という構造をもち殺菌作用に対抗します。また、生息する環境が悪化すると芽胞と呼ばれる特殊な形態をとり休眠することで生き延びます。炭疽菌に感染すると皮膚炭疽、腸炭疽、肺炭疽などの症状が現れ、治療せずにいると死亡することもあります。このように、永久凍土には未知の微生物を含め、たくさんの病原体が眠っているとされ、永久凍土の融解は感染症の時限爆弾といわれているのです。

私たちが生活するような温和な環境で増殖するモリウイルスや炭疽菌は、凍ってしまっては増殖することはできませんが、生き残ることは可能でした。一方で、極端に低温または高温、酸性、塩基性などの環境でも生育することができる微生物もいます。そのような微生物のことを極限環境微生物といいます。

極限環境微生物が過酷な環境で生きることができる理由の一つは、微生物たちがもつ酵素の存在です。みなさんはPCRを知っていますか。そう、新型コロナウイルス感染症の検査に必要不可欠なあのPCRです。PCRとはPolymerase Chain Reaction( ポリメラーゼ連鎖反応)の略で目的のDNAを複製して増幅させる方法のことであり、実はこの複製の過程で微生物がもつ耐熱性DNAポリメラーゼという酵素が利用されているのです。今まで目的のDNAを複製させるには大腸菌が利用されていましたが、大腸菌がもつ酵素は熱に弱く効率が悪かったので、Taq DNAポリメラーゼ、Tth DNAポリメラーゼといった高度好熱性細菌由来のDNAポリメラーゼを利用したPCRが開発されたのです。これによりDNAの複製、増幅は自動化されより簡便に行うことができるようになりました。そして現在、極限環境微生物の中でも90℃以上で生息できるとされる、超好熱菌がもつ新規耐熱性DNAポリメラーゼのPCRへの応用が研究されているのです。

どうでしょう。私たちは普段微生物たちを目で見ることはありません。しかし目に見えないところで感染し、目に見えないところで私たちの生活に利用されているのです。地球温暖化によって永久凍土が融解し新種の微生物が発見されたら、それらの菌は私たちの生活をよりよくしてくれるのでしょうか、それとも…新たなパンデミックが起きるのでしょうか。みなさんはどう考えますか。