名誉教授コラム

鳥の言葉、トマトの言葉

井上英史

冬の間、少し山に入ると、とても静かです。春から夏にかけて、鳥たちのさえずりが賑やかになります。ウグイスもよく鳴いています。春の鳥というイメージがありますが、夏までよく聞かれます。

ウグイスの鳴き声には、それぞれ個性があります。ホーホケキョと見事に美しく鳴くのもいれば、少し外れたように聞こえるものもいます。中途半端に「ホーホケ」だけをひたすら繰り返しているのもいます。未熟なのでしょうか?

ホーホケキョには、オスが縄張りを示す意味と、自分の縄張りにメスを呼ぶ意味があるそうです。私たちが美しいと思う鳴き声や、下手だなと思う鳴き声は、彼らにとってはどうなのでしょう? 美しい鳴き声の持ち主が求愛の勝者となるのでしょうか? 低山歩きをしながら、そんなことを思ったりします。

鳥の言語を解読する

ウグイスに限らず、鳥のさえずりは何か意味があるように聞こえます。でも、私は鳥語がわかりません。

鳥の言葉を解読した研究者がいます。東京大学先端科学技術研究センターの鈴木俊貴准教授です。シジュウカラは危険を伝える際、タカなのか、カラスなのか、ヘビなのかを、鳴き声によって区別して伝え合っているそうです。メスが「おなかがすいたよ」と鳴くと、オスが「そばにいるよ」と答えて食べ物を運んで来るのだとか。

動物の言語コミュニケーション

動物言語学という新しい研究領域が生まれています。最初に解読するのはたいへんだったと思いますが、言語コミュニケーションが行われていることがわかれば、解読に注力できます。他にも、クジラやイルカなどが“言語をもっている”と考えられています。動物の言語コミュニケーションに関する科学的な研究の進展が期待されます。

文部科学省による令和2年版科学技術白書、第1部第2章の「第2節 2040年の社会のイメージ」には、次のような記載があります。

 発話ができない人や動物等が言語表現を理解したり、自分の意志を言語にして表現することができるポータブル会話装置:
   科学技術的実現時期  2031年
   社会的実現時期    2034年

最近、犬語や猫語の翻訳アプリというものが出回っているようですが、ヒトと動物との間のコミュニケーションが進むと、どのような世界が開けるのでしょうか? 楽しみです。

植物の世界はどうなっているのでしょう?

植物と動物の異種生物間コミュニケーション

生態系では、植物が音声以外の手段で異種生物間コミュニケーションをしていることが、さまざま知られています。

例えば、植物は受粉の準備ができたら、甘い蜜を用意して花の色(色素)や匂い(揮発性物質)で昆虫を呼び寄せ、受粉を手伝ってもらいます。

また、昆虫などによって食害を受けた際に、植物は揮発性物質を大気環境に放出します。このことによって、その害虫にとって天敵となる生物を呼び寄せます。つまり、害虫に寄生する蜂や捕食性昆虫を呼び寄せ、彼らに害虫を退治してもらうのです。

シロイチモジヨトウという蛾は、農業害虫の一つです。その幼虫が葉を食べることで、ネギをはじめキャベツ、ハクサイ、レタスなどが被害を受けます。この食害に対する防御機構をもつ植物もあります。

トウモロコシの葉をシロイチモジヨトウの幼虫が食べると、幼虫の唾液に含まれるボリシチンという物質の作用で、捕食寄生性昆虫を誘引する揮発性物質の合成が促されます。この揮発性物質(テルペノイドの一種)がトウモロコシから放出されると、ある種のコマユバチが呼び寄せられます。

コマユバチは、他の昆虫に寄生する寄生蜂の総称で、世界で5000種以上見つかっています。シロイチモジヨトウの幼虫にコマユバチの一種が卵を産み付けます。孵化したハチの幼虫がこの害虫に寄生し、宿主の体を食べて成長することで害虫が退治されます。

植物どうしのコミュニケーション

このように、植物が害虫に襲われたとき、防御応答として揮発性物質を放出する例が知られています。そうした揮発性物質は、干ばつによっても産生されます。

アブシジン酸は、揮発性をもつテルペノイドの一種で、植物ホルモンとして種子の休眠を促進し発芽を阻害する作用をもちます。この植物ホルモンは、干ばつなどの乾燥によっても産生されます。そして、気孔の閉鎖を誘導することによって水の蒸散を抑制し、乾燥を防ぎます。

この他にも乾燥などのストレスによって放出される揮発性物質があり、抗酸化物質や防虫物質、抗菌・抗真菌活性をもつ物質の産生を促します。草食動物が嫌う物質の産生を促すこともあります。このようにストレスに応答して合成される防御物質を、ファイトアレキシンとよびます。”ファイト“は、闘いを意味するfightではなくて、植物を意味するphytoです.

揮発性の植物ホルモンは、空中を移動して情報を伝えることができます。したがって、食害や乾燥ストレスを感知した植物は、自身だけでなく周囲の植物にもファイトアレキシンの誘導を促すことができます。このことにより、植物コミュニティ全体のストレスへの適応が促進されます。

ストレスを受けた植物が悲鳴を上げる?

植物が音を使ってコミュニケーションをすることは、これまで知られていません。ところが2023年3月、“トマトやタバコはストレスを受けると周囲に十分聞こえる大きな音を出す”という研究結果を、イスラエルの研究グループがCell誌に発表しました。[Khait et al., 2023, Cell 186, 1328]

この研究グループは、トマトとタバコの生理学的なパラメーターを測定すると同時に、これらの植物が発する超音波を記録しました。機械学習モデルを作成することによって、植物の脱水の度合いや傷害などの状態を、植物から発せられる音だけから把握できるそうです。

トマトの声を誰が聞く?

トマトやタバコから発せられた音の平均周波数は、およそ 50 kHz でした。ヒトが感知できる音域は20〜20 kHzの範囲なので、これはヒトには感知できない高周波数の超音波です。でも、この音域を感知できる生物はいます。陸上哺乳類ではネコやネズミ、コウモリなど、昆虫ではキリギリスや夜行性の蛾などです。夜行性のものが多いですね。

ストレスを受けた植物が超音波を発するメカニズムは、植物の茎や葉が微小な振動を起こすことによる可能性が考えられます。では、超音波を発することに何か意義があるのでしょうか? 現時点では不明です。

想像をたくましくすれば、周囲の昆虫や動物に「助けてくれ!」とか「やめてくれ!」と言っているのでしょうか? 植物どうしで「気をつけろ!」と警告を送っている可能性はどうでしょう? 今のところ、植物が音を直接感知することは知られていません。ただし、音や振動が根や茎の成長を促進するという報告はあるので、何らかのメカニズムで音や振動が植物の生理に影響していることはあるのかもしれませんね。

植物の声を農業に活かす

イスラエルの研究グループによって、植物も状況に応じて超音波を発することがわかりました。その意義は不明ですが、私たちが情報として利用する可能性はありそうです。

植物がどういうときに超音波を発するかの理解が進み、植物の生理状態のチェックやストレスの把握に使うことができれば、農業に役立ちます。また、植物が発する超音波を周囲の生物が情報として受け取っているのであれば、生態系における植物と他生物との相互作用や共生の理解につながるでしょう。

神秘な森の生物間コミュニケーション

古来、人々は、奥深い森や山に神秘を感じてきました。森は、季節によって鳥のさえずりや昆虫の鳴き声で賑わいますが、それらを包み込む厳かな佇まいがあります。

そこでは、動物、鳥、昆虫、植物、菌類などさまざまな生物が、さまざまな方法を使って同種間・異種間で情報を伝達し、共生しています。しかし、まだまだ多くのことを私たちは知らないのでしょう。今後、生物間コミュニケーションの研究がさらに進んで行くことと思います。生物間コミュニケーションの中で、植物が発する超音波は重要な位置を占めるのでしょうか? 

厳かに見える森も、なんだか賑やかに思えてきました。