みなさんは心に響く言葉があるだろうか。また、その言葉は自分の行動に反映されているだろうか。ことわざや名言、漫画のセリフなど、誰しも一つは印象深い言葉があると思うが、日常会話の中でそういう言葉に出会うことは珍しいだろう。
私の研究はケミカルバイオロジーと呼ばれる領域で、化学が中心であるが生物や物理などあらゆる技術・知識を利用して研究を遂行していく。その分、新しい実験をする機会も多いが、学生時代の私は考えるより先に行動するタイプで、体力もあったことから人一倍実験することで業績を増やした。長所を聞かれたら、「体力、根性、行動力」と答えていた。
博士課程を終えた私は、アメリカのサンディエゴで博士研究員となった。研究の進め方などの裁量は任されており、二週間に一回、ボスに研究報告を行っていた。一度だけ、ボスから提案された複雑で難しい実験を次の報告までに全く進められなかったことがある。私の報告を一通り聞いたボスから「Why not?」と問われた時、言葉に詰まった。確かにやらなかった理由を探してみても、他愛のない言い訳しか浮かばなかったのだ。私は考えるより先に行動する人間であると自負していたが、難題に挑戦する行動力があるわけではなかったのだと痛感した。ボスは進捗がないことに対してではなく、私が挑戦しようとしないことに対して「Why not?」と問いかけていたのである。その後、ボスの提案した実験は論文の重要な結果の一つとなった。この出来事をきっかけに私のマインドは大きく変化した。面倒なことや難しいことに直面して気持ちが後退しそうな時、この言葉が奮い立たせてくれる。やらない理由なんて、考えてみればほとんどないのである。
私のパソコンのデスクトップは今もサンディエゴの写真である。博士研究員の日々を思い出すと心が引き締まるのである。私には研究報告での「Why not?」が心に響く言葉となったが、その人の状況に応じて何気ない言葉が大きく影響することもある。教員となった今、学生と研究活動をしていく中で日常会話から大事にしていかねばと、コラムを書いて改めて気付いたのである。