生命の起源に関して、名誉教授コラム「生命の起源: RNAワールド」 https://cutting-edge-research.toyaku.ac.jp/series/3915/ と「生命の起源II: RNA細胞の進化」 https://cutting-edge-research.toyaku.ac.jp/series/3972/ で解説した。今回のコラムでは、かなり専門的になるが生命の起源に関わる諸問題、特に生命の起源の場所について解説する。
有機化合物がどこでできたか
生物は有機化合物を他の生物から獲得するか自分でつくることができるが、生命が誕生する前には有機化合物が生物の関与無しにつくられたはずである。これまで、大気中で、あるいは隕石衝突等で有機化合物が地球上でできた可能性が検討されているが、これらの方法で有機化合物が大量に合成されたかどうかは分からない(山岸, 2023a)。
一方、宇宙の電波観測や隕石、小惑星、彗星の研究によって、多種の有機化合物が宇宙で合成され、それらが隕石や宇宙塵によって地球に運ばれることが分かってきた。その量についてはまだよく分かっていないが、生命誕生前には有機化合物がかなりの量、宇宙から運ばれていた可能性が高い(山岸, 2023a)。
RNAがどこでできたか
最初の生命は自己複製できるRNAだった可能性が高い(名誉教授コラム「生命の起源:RNAワールド」参照)。RNA細胞の誕生前に、RNAが生物の関与無しにどの様に合成されるかという研究も盛んに行われている(山岸, 2023b)。RNAを構成する成分である塩基、糖とリン酸は隕石中に見つかっている(Furukawa, et al. 2019)。これらからどの様にRNA分子が合成されたか、多くの研究が行われて、地球のクレーターや、干潟等がRNA合成の場所として提案されている(Furukawa, 2019; 山岸, 2021; 2023b)。
膜の材料
RNA細胞を囲む膜の材料に関しても多くの提案がある(山岸, 2021; 2023b)。現存生物の細胞膜は多種の脂質分子で構成されている(Voet, D. et al. 2017)。隕石中に現在の細胞膜脂質と同じ様な脂質は見つかっていないが、脂質膜を形成できる分画が見付かっている (Deamer and Pashley, 1989)。これはおそらく長鎖脂肪酸で、長鎖脂肪酸が脂質膜の材料として最有力と言ってよい。
硫化鉄の泡状構造体を脂質膜の代わりと考える提案もある。しかし、脂質膜は閉鎖性と半透過性をもっていて分裂するが、無機的構造がこれらの性質をもつとは考えにくい。無機的な泡状構造体を脂質膜の代わりと考えるのは難しい。
オパーリン(1969)のコアセルベートの様なベシクル(液滴、マイクロメートルほどの小球構造体)が、脂質膜構造の代わりになる可能性がある。高分子は、液-液相分離という仕組みでベシクルを水溶液中に形成する場合がある。これまで多くのベシクルの提案が行われた(まとめは山岸, 2021)。こうしたベシクルは溶質の濃縮効果をもつ。しかし濃縮効果があったとしても、分子の化学ポテンシャルはベシクル内部と外部で平衡するので、反応の平衡状態がベシクル内で変わることは期待できない。また触媒も反応平衡状態を変えることはできない。したがって水溶液中で不安定な高分子の重合をベシクルが推進することは期待できない。
粘土や無機鉱物の関与
ベシクルと同様の議論が粘土や無機鉱物でも成立する。粘土や、無機鉱物の表面に、有機分子が吸着するかも知れない。しかし吸着は平衡反応には影響を与えないので、吸着により水中で脱水重合反応が推進されることは望めない。
一方たとえば、乾燥した粘土や岩石(あるいは無水溶媒)等を用いて、水溶液を反応させれば、脱水作用によって脱水重合反応が推進する可能性はある。ただしこの効果は、粘土や岩石による触媒効果ではなく、乾燥の効果と考えるべきである。したがって完全に水没(水飽和)した粘土や岩石(あるいは溶媒)が脱水重合反応を引き起こすとは考えにくい。
アミノ酸は関与したか
隕石中には多種のアミノ酸が見付かっており、アミノ酸の中には触媒残基として機能するものもある。一方で、触媒は平衡反応に影響しないという点はこの場合にも有効である。触媒は平衡反応で起こりうる反応を促進するが、平衡反応で起こりえない脱水重合反応を触媒が水溶液中で推進することはない。
活性化した分子が反応を駆動する
現存する生物の細胞内では、水中で起こりにくい重合反応が細胞膜内で実現している。これは、呼吸あるいは解糖によって得られるATPの様な活性化した分子が関与した共役という仕組みである。現存する生物の細胞内では、この共役の仕組みによって起こりにくい反応を進行させている。
生命の誕生時にも活性化した分子が共役しなければ重合反応は進行しない。したがって、活性化した分子がどの様に非生物的に合成され供給されたかという点が生命誕生を考える上で重要な視点となる。活性化した分子としては、環状リン酸化RNA(cyclic RNAあるいはcRNA) と短鎖RNAが非生物的に合成されることが報告されている(山岸, 2021, 2023b)。
そして、例えば環状リン酸化RNAはRNA 重合を推進すること(山岸, 2021, 2023b)、短鎖RNAがRNAを複製すること(Mizuuchi & Ichihashi , 2023)が報告されている。つまり初期RNA細胞でのRNA複製は、環状リン酸化RNAあるいは短鎖RNAによって駆動された可能性が高い。(凍結濃縮や乾燥によって重合が直接駆動された可能性もあるが、その場合にも下記の議論は共通する)。
生命誕生の場所
RNA細胞誕生の場所は、活性化した分子が供給されうる場所である。環状リン酸化RNAや短鎖RNAはもちろん、有機物は粘土などの鉱物表面に吸着されるので地下へ浸透しにくい。例えば井戸水に有機物はほとんど含まれていない。したがって地下での生命誕生は考えにくい。また、温泉や海底熱水地帯で湧出する熱水も地下を経由するので、有機物は途中で除去される可能性が高い。こうした事を総合すると、活性化した分子が供給され、濃縮、乾燥可能な場所、つまり地表の水たまり(例えばクレーター、干潟、塩湖、等)で最初の生命、RNA細胞が誕生した可能性が高い。
引用文献
Deamer, D. W. and Pashley, R. M. (1989) Origin. Life Evol. Biosphere 19, 21-38.
Furukawa, Y. (2019) In Astrobiology: From the Origins of Life to the Search for Extraterrestrial Intelligence (ed. A. Yamagishi et al.) pp. 63-74, Springer.
Furukawa, Y. et al. (2019) Proc. Natl. Acad. Scie. 116, 24440-24445
Mizuuchi, R. and Ichihashi, N. (2023) Chem. Scie. 14, 7656.
Voet, D. et al.(2017)ヴォート基礎生化学 第5版, 田宮信雄 他訳, 東京化学同人.
オパーリン(1969)生命の起源:生命の生成と初期の発展, 石本真訳,岩波書店.
山岸明彦(2021) Viva Origino 49, 6.
山岸明彦(2023a)日本惑星科学会誌32, 16-34.
山岸明彦(2023b)日本惑星科学会誌32, 68-122.