南米チリのアタカマ砂漠には、「洋服の墓場」とよばれる場所があります(参考1)。各国のアパレルブランドの売れ残りや中古衣類が大量に投棄され、山のように積み上がっています。焼却も埋め立ても追いつかず、紫外線と乾燥の中で朽ちていくのを待つばかりです。しかし、ポリエステルなどの合成繊維の多くは分解されにくく、マイクロプラスチックとなって環境中に残留します。
衣類の大量廃棄と環境負荷
衣類の大量廃棄は、近年とくに注目される世界的な環境問題です。国連環境計画(UNEP)によれば、世界では毎年およそ9,200万トンの衣服が廃棄されています(参考2)。世界人口を81億人とすると、一人あたり約11キログラムに相当します。家庭からの廃棄だけでなく、店頭に並ぶことなく新品のまま処分される衣服も少なくありません。
日本の状況も同様です。環境省の調査によると、一人あたり年間約20枚の衣服を購入し、約14枚を手放しています(参考3)。一部はリサイクルされますが、可燃ごみ・不燃ごみとして廃棄される衣服が全体の59%を占めます。また、一年間で一度も着られなかった衣服が平均23着にのぼるという調査結果もあり、過剰消費の実態が浮き彫りになっています。
ファストファッションと消費の加速
こうした大量廃棄の背景には、20世紀後半から加速した衣服の大量生産・低価格化があります。衣服はかつて「長く着るもの」であり、修理や寸法直しをしながら使うことは普通でした。しかし、安く大量に手に入るようになった現代では、衣服は「気分で替えるもの」へと位置づけが大きく変わりました。防寒や保護という本来の実用性に加え、自己表現としての役割が一段と大きくなっています。
2009年には「ファストファッション」が新語・流行語大賞のトップテンに入りました。ファストファッションとは、最新の流行を取り入れつつ、低価格で大量生産・販売する業態です。手頃な価格で多様な服を楽しむ機会を広げた一方で、資源の大量消費と、着用されないまま廃棄される衣服の増加を招いたことも否定できません。
近年ではSNSによる「見せる文化」が消費サイクルをさらに加速しています。企業側もブランド価値を保つために売れ残りを焼却処分することがあり、社会全体が過剰生産と過剰消費の循環から抜け出せずにいます。焼却や埋め立てに伴う二次的な環境負荷も無視できません。
それでも、私たちは服を選び、身なりを整えます。経済水準を問わず、人は装うことで小さな豊かさと自己表現の喜びを感じてきました。では、人類はいつから「装い」という文化をもつようになったのでしょうか。
衣服の起源と装いのはじまり
人類が衣服を身につけ始めたのは、およそ10万年前──アフリカを出たホモ・サピエンスが寒冷地へ進出した時期と考えられています。衣服そのものは腐朽しやすいため直接的な遺物はほとんど残りませんが、シラミのDNA分析がこの推定を強く示唆しています。
ヒトを宿主とするシラミには、頭髪に生息するアタマジラミと、衣類に生息するコロモジラミの二つの亜種があります。DNA解析の結果、コロモジラミはアタマジラミから少なくとも8万3000年前、あるいは17万年前頃に分岐したと推定されます(参考4)。この時期が、人類が衣服を常用し始めた時期と重なると考えられます。
最初期の衣服は、狩猟で得られた動物の皮や毛皮を用いた防寒や防護目的のものだったと推測されます。その後、植物繊維を撚って紐や布を作り、さらに貝殻や羽根、牙などの素材を装飾として加えることで、「身を飾る文化」が発展していきます。
旧石器時代後期(約4万〜1万3000年前)の遺跡からは、貝殻・骨製の装身具や顔料による身体装飾の痕跡が多数発見されています。これらは、実用性を超えた社会的・象徴的な目的──集団への所属、立場や役割の表示、魅力の演出──に用いられていたと考えられます。人類はこの頃すでに、装いを通して他者と関わり、自らを表現していたのでしょう。
動物の装飾行動と人間の独自性
装いや「おしゃれ」には、生物学的な基盤があるのかもしれません。多くの動物は求愛や縄張り防衛、社会的な相互作用のために体色や音、動きなどを使ったディスプレイ行動を行います。
たとえば、クジャクのオスは鮮やかな尾羽を広げて求愛し、マンドリルのオスは赤と青の派手な顔面や色彩豊かな臀部で仲間の識別や性的アピールを行います(写真)。これらは“生まれもった装飾”に依存したディスプレイです。
一方で、身体以外の素材を用いる例もあります。カニの仲間である「装飾ガニ」は、藻類や海綿、貝殻片、デトリタス(有機物の微粒子)を甲羅に付着させます(参考6)。これらは捕食者から身を守るためのカモフラージュや防御に役立つと考えられています。
また、チンパンジーの一部の群れでは、草の葉を耳に挟む行動が観察されています(参考7)。この行動に実用性は見出されず、模倣によって群れに広まったことから、文化的伝承の一例とみなされています。「装いの萌芽」とみる研究者もいますが、その意図や機能については議論が続いています。
こうした動物の装飾行動と比べると、人類のファッションははるかに複雑です。素材科学・色彩化学・社会心理学などが関わる総合的な創造行為であり、高度な認知能力と社会性の発展を象徴する文化的営みといえるでしょう。
科学と倫理が交わるサステナブルファッション
冒頭で述べたように、現代の衣料生産は地球環境に大きな負荷をもたらす産業の一つです。UNEPの報告では、世界のプラスチック廃棄物の約11%が衣類や繊維製品に起因するとされています(参考2)。製造段階では染色や仕上げに大量の水と化学薬品が必要であり、ポリエステルなどの合成繊維は洗濯のたびに微細なマイクロプラスチックを放出します。着用されずに廃棄される衣服の増加は、資源循環の停滞や気候変動の進行にも直結しています(参考3)。
こうした現状を踏まえ、衣服を「使い捨ての消費財」ではなく、資源循環を構成する要素として捉え直す視点が求められています。「サステナブルファッション」は、衣服の生産から利用、廃棄に至る一連のプロセスを持続可能なものへと転換し、生態系・地球環境、そこで働く人々や社会全体への配慮を組み込む取り組みです(参考3)。
繊維科学・材料工学・環境工学の分野では、サステナブルファッションの実現に向け、再生セルロース繊維や、植物由来の原料を用いたバイオベースポリエステル、植物由来染料、分解性高分子など、持続可能な素材・技術の開発に向けた研究が進んでいます。また、製造から流通、使用、廃棄に至る全工程を評価するライフサイクルアセスメント(LCA)の導入も進展しています。
装いを楽しむことは、人間らしい文化的営みであると同時に、科学技術の成果が最も身近に表れる場でもあります。素材開発、デザイン、流通、リサイクルのすべての段階で、科学的知見と倫理的責任をどのように調和させるか。ファッションの未来は、人間の創造性をどこまで倫理的で持続的な技術へと昇華できるか──その問いの上に築かれようとしています。
参考
- 朝日新聞(2025年5月23日)、ZARAやSHEINの服の行き着く先 チリの砂漠は「洋服の墓場」
- UN Environment Programme、Press release (2025年3月27日) Unsustainable fashion and textiles in focus for International Day of Zero Waste 2025
- 環境省、サステナブルファッション
- Toups MA, et al. (2011) Origin of clothing lice indicates early clothing use by anatomically modern humans in Africa. Mol. Biol. Evol. 28(1), 29-32.
- Matsuura, K. (2015) A new pufferfish of the genus Torquigener that builds “mystery circles” on sandy bottoms in the Ryukyu Islands, Japan (Actinopterygii: Tetraodontiformes: Tetraodontidae). Ichthyol. Res. 62, 207–212.
- Ruxton GD and Stevens M. (2015) The evolutionary ecology of decorating behaviour. Biol. Lett. 11(6), 20150325.
- van Leeuwen EJ, et al. (2014) A group-specific arbitrary tradition in chimpanzees (Pan troglodytes). Anim. Cogn. 17(6), 1421-5.