11月10〜22日、COP30(国連気候変動枠組条約 第30回締約国会議)が、ブラジル北部の都市ベレンで開催されました。アマゾン熱帯雨林は地球規模の気候システムを支える中核的な生態系であり、ベレンはその“玄関口”に位置します。パリ協定から10年という節目の年にこの象徴的な地で国際交渉が行われたことには、大きな意味があります。
アマゾンの危機は深刻さを増しており、地球全体の気候システムがティッピングポイント(一定の条件を超えると急激かつ不可逆的に状態が変化する転換点)に近づいているという警告は、もはや無視できない段階にあります(参考1,2)。
COP30 が映す現在地:成果と課題
2015年12月、産業革命前と比べた平均気温上昇を「2℃より十分低く保ち、1.5℃に抑える努力を追求する」ことを定めた国際ルールとして、パリ協定が合意されました。しかし、世界気象機関(WMO)によれば、2024年は観測史上最も暑い年となり、平均気温の上昇は約1.55°Cに達しました(参考3)。温度目標の達成は、きわめて厳しい局面にあります。
COP30では、2035年までの大幅な温室効果ガス削減に向けた方向性について一定の合意が得られました。一方で、化石燃料の「段階的廃止」という核心的文言は、合意文書には盛り込まれませんでした。
会期が1日延長された背景には、化石燃料依存や途上国支援をめぐる溝が最後まで埋まらなかったことがあります。アマゾンの危機が迫るなか、世界のエネルギー体制そのものを転換する合意には今回も到達できず、重い課題を残しました。
アマゾン熱帯雨林の現状:炭素吸収源から排出源へ
アマゾン熱帯雨林は、長らく地球最大の炭素吸収源として機能してきました。しかし近年、その能力は大幅に低下しています。
ある研究によれば、アマゾンの森林は1980〜1990年代には年間約0.50 PgC(ペタグラム炭素)を吸収していましたが、2000年代には約0.30 PgCにまで減少しました(参考4)。主因は森林面積の減少だけでなく、「単位面積あたりの吸収力の低下」、すなわち森林の質の劣化です。
さらに2010〜2018年には、アマゾン全体として見ると年間0.13 ± 0.17 PgCの純排出源となったことが報告されています(参考5)。排出の大部分は乾燥化が進む東部地域に集中しており、火災が主な要因でした。このように、地域によっては炭素吸収源から排出源へと転換しつつあります。
森林劣化の脅威:量から質の問題へ
アマゾンでは長らく、森林を全面的に伐採する「皆伐」が問題視されてきました。しかし近年、より深刻なのは、森林が見かけ上は残っていても内部の機能が損なわれる「森林劣化」です。
森林劣化の主な要因は次のとおりです。
- 断片化:道路建設や農地拡大により、森林が島状に分断される。
- エッジ効果:森林の縁が増えることで、乾燥や高温、風害への脆弱性が高まる。
- 選択伐採:価値の高い樹木だけが抜き取られ、林冠構造が乱れる。
- 乾燥化と火災:降雨減少と気温上昇により、火災リスクが増大する。
2010〜2019年の炭素損失の大半は、皆伐ではなく森林劣化に由来することが明らかになっています(参考6)。森林の面積だけでなく、質を維持することが重要です。
気候システムの結節点としてのアマゾン:迫り来るティッピングポイント
アマゾンは単なる巨大な森林ではなく、地球規模の複数の気候プロセスが交差する「気候システムのハブ」です(参考7-9)。特に重要なのは次の5点です。
- 炭素循環:CO₂ 吸収源として、地球の炭素収支を支える。
- 大気循環:強い日射が上昇気流を生み、ハドレー循環を含む大気大循環を駆動する。(ハドレー循環とは、赤道付近で暖められて上昇した空気が、緯度30度付近で下降し、貿易風として赤道に戻る大循環)
- 水循環:森林の蒸散で生じた水蒸気が風で運ばれ、「空中の川」として南米広域に降雨をもたらす。
- エネルギー収支:森林被覆が地表の反射率が抑え、蒸発散や雲形成、対流活動を促進する。
- 生物多様性:高い樹種多様性が、炭素・水循環の安定性を支える。
これらは互いに強く結びついており、どれか一つが損なわれると、連鎖的な機能低下が生じます。
例えば森林劣化によって蒸散量が減少すると、水蒸気輸送(空中の川)が弱まり、雲形成が抑制されます。その結果、降雨量が減少して乾燥化が進み、農業生産や生態系に深刻な影響を及びます。乾燥化は火災リスクを高め、火災は森林構造を破壊してさらなる劣化を招きます。そして炭素吸収能力の低下は、大気中 CO2 濃度の上昇を通じて気候変動を加速させます。
こうした連鎖が閾値を超えると、アマゾンは不可逆的な草原化(サバンナ化)へと進む可能性があります(参考7,9)。衛星観測による解析では、森林の回復力(レジリエンス)が広範囲で低下している兆候が確認されており(参考8)、ティッピングポイントが迫りつつあることが示唆されています。
森林保全と地域経済:アマゾンの未来を支える社会的アプローチ
アマゾンの森林破壊は、環境問題であると同時に深刻な社会問題でもあります。伐採の背景には、牛肉・大豆など農牧業への過度な依存や、貧困、違法伐採・違法鉱業、雇用不足など複合的な要因があります。
森林を大規模に伐採して農地化することは、しばしば「世界的な食料需要に応えるために必要」と正当化されます。しかし科学的知見は、森林減少が一定以上に進むと降雨量が大幅に減少し、穀物や畜産の生産性が長期的に下落することを示しています(参考10)。
つまり、森林伐採による短期的な増産は、長期的な食料供給の不安定化をむしろ深める可能性があるのです。そのためアマゾンの保全は、国際的な食糧安全保障の観点からも極めて重要です。同時に、保全の負担を現地住民に押し付けるのではなく、「森林を守ることが地域の暮らしの向上につながる」仕組みづくりが欠かせません。
現在、次のような取り組みが広がっています。
- アグロフォレストリー:森林樹種と農作物(カカオ、アサイー、コーヒーなど)を共存させ、収入の安定化と土壌保全を両立する。
- 非伐採型資源のフェアトレード化:森林を残したまま生産・利用できる資源を市場化し、持続的な収入源とする。
- 住民主体の監視と雇用創出:衛星画像やドローンを活用した違法伐採の監視を、地元住民が担う。
これらは単なる保護策ではなく、森林が本来もつ水循環・炭素循環・生物多様性の機能を活かしながら、地域社会が持続的に恩恵を受ける「森と共に生きる経済」への移行を意味します。
私たちが問われていること
アマゾンの森林喪失と劣化が一定量を超えると、気候や水循環の変化によって森林そのものが維持できなくなる可能性があります。ティッピングポイントに近づく現在、段階的な対応ではなく、抜本的な転換が求められています。
特に重要なのは、次のような施策です。
- 化石燃料からの不可逆的脱却に向けた具体的ロードマップの策定
- 森林の質的劣化を把握する監視体制の強化
- 長期的に安定した森林保全資金の確立
- 森林レジリエンスを基軸とした政策体系への転換
加えて、先住民族の土地権と自治の保障も欠かせません。COP30では先住民族による大規模なデモが行われ、先祖伝来の土地の保護と開発の停止が訴えられました。彼らの土地は、森林破壊率が最も低く、国際的にも環境保全の要と位置づけられています。
アマゾンを守ることは、単に地域の自然を守ることにとどまらず、地球の水循環・炭素循環・気候安定性を守る行為です。それは人類の未来に直結しています。
いま何を優先し、どこまで本気で取り組むか。ティッピングポイントを回避するための時間は急速に縮まっており、私たちはこの問いに早急に応える必要があります。
参考
- The Guardian(2024年2月14日)、Amazon rainforest could reach ‘tipping point’ by 2050, scientists warn.
- 井上英史、地球温暖化 記録的な夏を終えて、CERT名誉教授コラム(2023年9月25日)
- 世界気象機関、プレスリリース(2025年1月10日)、WMO confirms 2024 as warmest year on record at about 1.55°C above pre-industrial level.
- Phillips OL, Brienen RJW; RAINFOR collaboration. Carbon uptake by mature Amazon forests has mitigated Amazon nations' carbon emissions. Carbon Balance Manag. 12(1):1 (2017).
- Basso, L. S. et al. (2023) “Atmospheric CO₂ inversion reveals the Amazon as a minor carbon source caused by fire emissions, with forest uptake offsetting about half of these emissions.” Atmospheric Chemistry and Physics, 23, 9685–9723.
- Qin, Y. et al. (2021) Carbon loss from forest degradation exceeds that from deforestation in the Brazilian Amazon. Nat. Clim. Change, 11, 442–448.
- World Resources Institute (WRI), Carbon Fluxes in the Amazon’s Indigenous Forests.
- Blaschke, L.L. et al. (2023) Spatial correlation increase in single-sensor satellite data reveals loss of Amazon rainforest resilience. 12(7), Earth’s Future, e2023EF004040.
- Spracklen, D.V. et al., (2012) Observations of increased tropical rainfall preceded by air passage over forests. Nature, 489, 282–285.
- Leite-Filho A.T. et al., (2021) Soares-Filho BS, Davis JL, Abrahão GM, Börner J. Deforestation reduces rainfall and agricultural revenues in the Brazilian Amazon. Nat Commun. 12, 2591
図はhttps://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/f/f6/Amazon_rainforest.jpgをもとに作成