名誉教授コラム

星座と神話から生命科学へ

遥かな知の流れ 井上英史
 写真:ジュゴン(@鳥羽水族館)

冬の夜空に煌めく星々

子供の頃、星を見るのが好きでした。冬は寒さが身にしみますが、夜空に広がる星々の美しさは格別です。澄みきった空に、たくさんの星が輝いています。

冬の星空がとりわけ美しいのは、空気が乾燥して水蒸気が少ないためです。加えて冬は、一等星が最も多く見られる季節でもあります。

冬を代表する星座といえば、オリオン座でしょう。三つ星を囲む四角形の左上隅には赤く輝くベテルギウス、右下隅には青白いリゲルがあります。三つ星を右上に延ばすとオレンジ色のアルデバラン(おうし座)、左下に延ばすと、全天で最も明るい恒星シリウス(おおいぬ座)が青白く輝いています。

ベテルギウス、シリウス、プロキオン(こいぬ座)が形づくる「冬の大三角」は、都会でも見つけやすい存在です。これにリゲルとカペラ(ぎょしゃ座)、ポルックス(ふたご座)を加えた六つの一等星がつくる六角形は、「冬のダイヤモンド」とよばれます。

星座の物語のはじまり

古来、人々は星々を線で結び、さまざまな形や像を描いて物語を紡いできました。星座の起源は約5000年前のメソポタミアにさかのぼるとされ、羊飼いたちが星の並びを動物や英雄、神々の姿に見立てたのが始まりと考えられています。

星座は、物語とともにギリシャに伝わり、神話や伝説と結びつきながら体系化されました。現在、国際天文学連合が定める88星座のほぼ半数が、ギリシャ神話やローマ神話に由来しています。

夜空に描かれた半人半獣

星座の物語には、神と人、人と動物の境界が交錯する存在が数多く登場します。その代表例が、ギリシャ神話に登場する半人半馬の種族ケンタウロスです。

ケンタウロス座は東京からは見えにくい星座で、最も高く昇るときでも半分は地平線の下に隠れています。一方、黄道十二星座の一つであるいて座もケンタウロス族の半人半馬で、夏の夜、さそり座の隣で弓を引く姿を見ることができます。

人魚という半人半獣

半人半獣(獣人)は、ギリシャ神話に限られた存在ではありません。古代エジプトの冥界神アヌビス(ジャッカルの頭をもつ)、ヒンドゥー教の神ガネーシャ(ゾウの頭をもつ)、メソポタミアの守護神ラマス(牛の体と鳥の翼をもつ)など、世界各地の神話や伝承に獣人が登場します。

半人半獣の中でも、特に広い地域で語られてきたのが人魚です。ディズニー映画の『リトル・マーメイド』はアンデルセン(デンマーク)の童話がもとになっていますが、上半身が人、下半身が魚という姿は、ヨーロッパの伝承にとどまらず、アジアやアフリカ、太平洋地域にまで分布しています。大航海時代の航海記録にも、人魚を目撃したという報告が残されています。未知の海への不安や憧れが、その姿に重ね合わされたのでしょう。

人魚伝説の背景には、ジュゴン(写真)やマナティといった海生哺乳類の存在があったとする説もあります。これらの動物が海面近くで子を抱くように泳ぐ姿や、前肢を使って海藻を食べる様子が、人の姿と重なって見えたと思われます。人魚には、実在の生物をもとにした想像の産物という一面もあったのかもしれません。

アマビエ、日本の半人半獣と疫病

日本にも、人魚に通じる半人半獣の存在が伝えられています。その一つが、江戸時代後期の瓦版に記された妖怪アマビエです。アマビエは、人魚のような体に鳥のくちばしや鱗をもつ存在として描かれています。肥後国(現在の熊本県)の海から現れ、疫病を予言し、「疫病が流行したら、私の姿を写して人々に見せよ」と告げたとされます。

アマビエは、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行時に、再び注目を集めました。科学的根拠のない存在でありながら、感染症という理解しがたい脅威に人類がどのように向き合ってきたかを思い起こさせる文化的記憶として、現代によみがえったのです。

キメラ、想像の存在から科学の対象へ

ケンタウロス、人魚、アマビエ・・・これらの背景には、人間と動物の境界は必ずしも固定されたものではない、という世界観があるのかもしれません。自然と密接に結びついた生活の中で、人々は動物に力や知恵、さらには霊性を見いだしてきました。半人半獣は、単なる異形の怪物ではなく、「人間とは何か」を問いかけたり、願いや祈りを託したりする象徴だったと考えることもできます。

現代では、こうした願いや祈りに代わり、生命科学や公衆衛生の研究が、感染症の正体を明らかにし、その拡大を防ぐ役割を担っています。また、半人半獣に見られる「異なるものが一つの存在の中に共存する」という発想も、生命科学の中で現実の現象として捉え直されています。

生物学でいう「キメラ」とは、異なる遺伝的背景をもつ細胞が一つの個体の中に共存する状態を指します。20世紀初頭の発生生物学の研究において、複数の胚や細胞を融合させる実験が行われ、その結果、遺伝的に異なる細胞が同一個体内に共存しうることが確認されました。この状態を表す言葉として選ばれたのが、ギリシャ神話に登場する怪物「キマイラ」に由来する名称「キメラ」です。

ギリシャ神話においてキマイラは、ライオンの頭、ヤギの胴体、ヘビの尻尾をあわせもつ存在として描かれています。複数の異なる動物が一体となったその姿は、「異質なものが共存する」という点で、生物学的キメラの概念とよく対応しています。

生物学においてキメラとよく混同される概念に「モザイク」があります。モザイクとは、同一の受精卵に由来する細胞が、発生途中の突然変異などによって遺伝的に分岐した状態を指します。一方、キメラは、もともと異なる受精卵や胚、あるいは別個体由来の細胞が融合・共存して生じます。いずれも一つの個体の中に複数の遺伝的系列が存在するという点では共通していますが、その成立の過程は本質的に異なります。

キメラ研究、発生のしくみから再生医療研究へ

キメラ研究は、胚操作技術の発展とともに、発生生物学における重要な手法として進展してきました。初期胚を融合したり、特定の細胞を別の胚に移植したりすることで、発生の過程において細胞がどのように運命づけられ、組織や臓器へと分化していくのかが明らかにされてきました。

こうした基礎研究の成果は、再生医療への応用という新たな可能性を示しています。動物胚の中でヒト由来の細胞を育て、将来的に移植用の臓器を作り出す試みは、移植医療における深刻なドナー不足を解決する手段として期待されています。

星空から生命の科学へ、悠久の知の流れ

夜空に描かれた星座は、遠い宇宙に思いを馳せた物語であると同時に、人類が自然や自らの位置付けを理解しようとしてきた思考の軌跡でもあります。神話に託された想像力は文化を育み、やがて科学という知のかたちへと姿を変えてきました。

生命科学を研究することは、最新の技術を駆使して現象を解明することにとどまりません。それは、「人間とは何か」「生命とは何か」という、人類が古来抱き続けてきた根源的な問いの連なりの上にあります。

澄みわたる冬の星空を見上げるとき、現代の私たちの思索や研究もまた、五千年の昔から脈々と受け継がれてきた知の営みの流れの上にあることに、あらためて気づかされます。

参考

ヴォーン・スクリブナー著、川副智子・肱岡千泰訳、人魚の文化史 神話・科学・マーメイド伝説、原書房(2021)

投稿日:2026年01月20日
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