CERT06植物・天然物

天然の植物由来の
化合物から
有力な抗がん剤
候補を創り出す

アカネの根から単離したRA-Ⅶの構造を変え、
抗がん活性を探求

天然物はユニークな構造や多様な活性を持つものがあり、現代でも医薬品開発において重要なシーズとなっている。薬の候補として有望な生物活性が見つかったら、元の構造の一部を変えてより合成しやすくしたり、より活性を強くするなど、薬としての有用性を高めることも重要になる。

一栁幸生教授は、さまざまな高等植物から新薬創製の候補になるような新しい化合物を探索するとともに、生理活性が認められた天然物に対する構造変換を行い、医薬品開発の近道になる構造活性を研究している。一栁教授の研究室では、これまで400種を超える植物を調べ、特に抗がん剤の候補になるような化合物を探ってきた。その中で見出したのがアカネ(Rubia argyi)だ。

「アカネの根は古くから染料として使われるとともに、茜草根(セイソウコン)という生薬としても用いられてきました」。一栁教授は、Rubia argyiの根から単離したRA(Rubia akane、旧学名)系化合物の一つRA-Ⅶに焦点を当て、長年にわたって研究してきた。「RA系化合物は環状ヘキサペプチド(アミノ酸の重合体)で、20種類以上の類縁体が報告されていますが、中でもRA-Ⅶはひと際強い抗がん活性を持つことが知られています。卵巣がんや非小細胞肺がん、大腸がんなどの腫瘍細胞に対して感受性を示し、1988~1990年には有望な医薬品候補として第Ⅰ相臨床試験も行われました」。

RA-Ⅶは、ペプチド鎖が連なった18員環(上部)と、Tyr-5(チロシン5)とTyr-6(チロシン6)残基で形成されたシクロイソジチロシンという構造を持つ14員環(下部)の二つの環状構造がつながった形をしている。一栁教授は、これまで構成原子の一部を他の原子で置き換えたり、ペプチド骨格を化学修飾して配座構造を変えたりして、有望な誘導体や新しいRA類似体の合成を試みてきた。

ペプチドを構成する3カ所のチロシン残基Tyr-3、Tyr-5、Tyr-6の芳香環に着目。Tyr-6残基の側鎖をメトキシ基(OMe)からヒドロキシ基(OH)や水素原子(H)に置換したり、Tyr-3の側鎖のメトキシ基(OMe)をヒドロキシ基(OH)やエチル基(Et)、プロピル基(Pr)などに置き換えた誘導体を合成し、活性を調べた研究では、Tyr-3のメトキシ基が活性発現に重要であることを確かめている。

市販のアミノ酸からシクロイソジチロシンの合成に成功

「RA系化合物は、14員環のシクロイソジチロシンという非常にユニークな構造を持っています」と語る一栁教授。しかし難点は、シクロイソジチロシンを化学合成するのが難しいことだった。これまで世界中の研究者がアプローチしてきたが有望な方法を見出せず、限られた方法でしかRA系ペプチドの誘導体を合成できなかった。それに対し天然のRA-Ⅶから、分解反応によって容易に14員環のシクロイソジチロシンを得る方法を開発したのが、一栁教授のグループだった。

天然のRA-Ⅶから簡便にシクロイソジチロシンを合成できるようになったことから、一栁教授らは18員環部分にさまざまな修飾を試みた。一つには、RA-Ⅶの3ヵ所のアラニン(D-Ala-1、Ala-2、Ala-4)をそれぞれグリシンに置換したアナログを合成。Ala-2とAla-4残基のメチル基の存在が細胞毒性の発現に重要であることを突き止めた。

さらに一栁教授らの大きな成果は、天然のRA-Ⅶを使わずに市販のアミノ酸(チロシン誘導体)からでも簡便にシクロイソジチロシンを合成する方法の開発に成功したことだ。既存の合成手法に比べて短い経路でシクロイソジチロシンのユニットを合成できるようになり、RA誘導体合成の自由度はさらに広がるとともに、天然ペプチドからは簡単に入手できないRA-Ⅶのアナログの合成も可能になった。この手法を用いて一栁教授は、3つのチロシン残基(Tyr-3、Tyr-5、Tyr-6)の芳香環にフッ素原子を導入したアナログを合成し、細胞毒性を検討している。「これまでにウサギを用いた動物実験で、RA-ⅦのTyr-5残基のε位にヒドロキシ基(OH)が導入されると、細胞毒性活性が大きく低下してしまうことが報告されています。ところが酸化的代謝の影響を受けにくいフッ素化したアナログは、強い細胞毒性活性を維持していることが分かりました」。これが今後RA-Ⅶの抗がん剤開発につながる糸口になるかもしれない。

構造が異なる新規RA類縁体を発見
化学合成で構造活性を明らかに

最近の研究で一栁教授は、新規のRA類縁体を探索。茜草根のペプチド成分を今一度精査し、16種類の新規RA系化合物を単離し、構造を決定した。その中のallo-RA-V、neo-RA-V、RA-dimer Bについては新規手法で化学合成し、構造証明や活性試験を行った。いずれも有意な細胞毒性を見出すことはできなかったものの、興味深いことを発見したという。「高い細胞毒性活性を示すRA-Ⅶと活性の低いallo-RA-V、neo-RA-Vの立体構造を比較すると、上部はぴったり重なりますが、下部分の構造は重なりません。調べるとTyr-5およびTyr-6側鎖の配向が異なることが示唆されました。このことから、Tyr-5のζ位炭素原子とTyr-6のε位炭素原子の間が酸素原子(O)でつながった(エーテル結合した)構造が、活性発現には重要だと考えられます」として、芳香環の配向が細胞毒性活性に関係していることを明らかにした。

こうした知見はRA-Ⅶの構造活性の研究に有用な情報をもたらす。そしてこの地道な研究の積み重ねが、新たな抗がん剤の候補化合物の合成につながっていく。

投稿日:2023年05月19日
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