目には青葉 山ほととぎす 初鰹。江戸時代の俳人、山口素堂の句です。新緑を目で楽しみ、山で鳴くホトトギスの声を耳で楽しみ、旬のカツオを舌で楽しむ季節です。
緑と青
新芽が成長して色を増した若葉は、青葉とよばれます。「青年」が若い人を指すように、「青」には若さや新鮮さの意味があります。「青々とした緑」は、若々しい緑をいいます。
青リンゴ、青海苔、青汁、青虫のように、緑色なのに青〇〇ということがよくあります。古代の日本では、「あを(青)」が、広く緑〜青〜藍色を表し、「みどり(緑)」は色ではなく、樹木の新芽のように新しくみずみずしいものをいいました。幼い子を「みどりご」というのも、なるほどです。緑は、転じて色を表すようになりましたが、青と同様に広い範囲を表していました。
「碧」の訓読みは、「みどり」あるいは「あお」です。「みどり」という読みをもちますが、「あお、あおみどり色」を指し、欧米人の青い目を碧眼といいます。青海原を碧海、真夏の青空のように深い青を紺碧といい、碧玉は青く美しい玉です。
「あお」と読む字には、「蒼」もあります。草の深い色や深青色を表し、草木が生い茂るさまを鬱蒼(うっそう)といいます。人は、みどりごから成長して青年になりますが、新芽は、みずみずしい緑から青葉、そして鬱蒼となります。古色蒼然という語もあり、蒼は、より成熟した様子や古さを増した様子を想起させます。
青空と青い山々
緑の草木に覆われた山々も、遠く離れて眺めると、青く見えます。なぜでしょう?
太陽光は明るく無色ですが、さまざまな色(波長)の光の混ざりです。光の散乱は、物体との相互作用で、光がさまざまな方向に進路を変える現象です。大気中には、光の波長より遥かに小さい微粒子が浮遊していて、この微粒子によって太陽光が散乱します。これはレイリー散乱とよばれ、波長の短い青い光は、波長の長い光よりもよく散乱します。青い光が散乱によって空いっぱいに広がるため、空が青く見えます。また、大気中を散乱している青い光が重なることによって、遠くの山々が青みを帯びます。
日出や日没時の太陽が赤いのも、レイリー散乱が関係します。地平線近くの太陽の光は、日中よりも長い距離、大気中を通過して私たちのもとに届きます。波長の長い赤い光は散乱しにくいので、波長の短い光よりも多く届きます。そのため、地平線に近いほど太陽は赤く見えます。
青い鳥は、なぜ青い?
ホトトギスは、頭部と体の上面が暗い青灰色で、喉から首にかけて淡い灰色、胸から腹は白い鳥です。ホトトギスの鳴き声は、古くから和歌などに詠まれていますが、鳴き声に比べると姿は地味かもしれません。
鳥の中には、色の美しいものがいます。カワセミは青緑色の羽をもち、「青い宝石」とよばれます。「翡翠」と書きますが、この語は宝石のヒスイも表します。もともと中国で翡翠はカワセミのことをいい、同じような色をもつ石が翡翠とよばれるようになったそうです。翡と翠は、それぞれカワセミの雄と雌を表しますが、赤と青緑の意味ももちます。カワセミの腹は、赤みがかった色です(参考1)。
青い鳥と言えば、メーテルリンクの「青い鳥」があります。幸せは、気づいていなくても身近にあるという教訓を踏まえた童話劇です。
あらすじ:貧しい兄妹、チルチルとミチルが、クリスマス・イヴに夢を見ます。夢の中で,老婆の姿をした妖精に頼まれ、幸福の青い鳥を探しに行きます。チルチルは、額にダイヤモンドのついた帽子を妖精から与えられます。そのダイヤモンドを回すと心眼が開き、物の本質を見通すことができます。青い鳥を探してさまざまな国を冒険しますが、とうとう青い鳥を持ち帰ることはできませんでした。夢からさめた後、身の周りが以前よりも幸福であるように見えます。そして、自分の鳥かごの鳥が以前より青くなっていることに気づきます。
チルチルは、冒険を通して物の本質を見る目が養われ、鳥の青さや、幸福が身近にあることに気がついたのでしょう。ところで、青い鳥は、なぜ青いのでしょうか? 青い実を食べたから…ではないです。
生物の色には、大きく分けて二つの原理があります。一つは色素分子によるものです。太陽光は無色ですが、色素は、太陽光から特定の波長の光を吸収し、吸収されずに反射した光によって色付いて見えます。人の皮膚の色は、メラニンやヘモグロビン、食品由来のカロテノイドなどの色素が関係しています。しかし、青い色素は、動物にはほとんど見られません。動物の青色は、主にもう一つの原理によります。
CD、DVDやシャボン玉は、それ自身には色がついていませんが、見る角度によって色づいて見えます。これは、微細な構造によって特定の波長の光が干渉するためで、構造色とよばれます。光は波の性質をもち、干渉は、二つの波が重なり合った際に振幅が足し合わされ、強めあったり弱めあったりする現象です。カワセミの羽も、世界一美しい蝶といわれるモルフォチョウや、タマムシやクジャクの美しい羽の色も、微細構造による反射で特定波長の光が干渉した構造色です(参考2)。
カツオのマジック、カメレオンのマジック
マギー司郎は、マジック(?)で縦縞のハンカチを横縞にします。カツオは、マギー司郎とは別のやり方で、縦縞になったり横縞になったりします。
脊椎動物の縦は、背骨の走っている方向と定義されます。魚屋で見るカツオは、頭から尾の方向に黒っぽい縦縞が走っています。生きて泳いでいるときのカツオは、白っぽい腹部に銀色の縦縞が薄く見られます。餌をとるときや繁殖のためにオスがメスを追いかけているとき、釣り上げた直後など興奮しているときに、濃い横縞が現れます。水揚げ後のカツオは横縞が消え、濃い縦縞が現れます。
アジやイワシなど、背が青く表皮が光って見える魚を、青魚あるいは光り物といいます。表皮が青みを帯びた銀白色に見えるのは、皮膚の虹色素胞(イリドフォア)内のグアニンの薄い結晶板と細胞質が成層構造を形成し、さまざまな波長の光をほぼ完全に反射するからです(参考3)。
カツオの銀白色も、虹色素胞が呈する構造色です。この銀白色の皮膚に、メラニンを含む黒色素胞(メラノフォア)が縞模様をつくります。黒色素胞の色素が、神経系やホルモンの刺激によって分散したり凝集したりすることにより、縞模様が現れたり見え方が変化したりします。
カメレオンは皮膚の色を変化させますが、構造色の変化によります。皮膚下のS-虹色素胞にグアニン結晶の層があり、その間隔が変わることで体色が変わります(参考4)。結晶層の間隔が狭いと、青色の光が干渉によって強め合って反射し、青みを帯びます。間隔が広くなると、波長の長い黄色や赤色の光が強め合って反射し、赤みを帯びます。
自然の彩りのさまざまな仕組み
緑が深まると、紫陽花の季節がやってきます。紫陽花の多様な色は、色素であるアントシアニン類(デルフィニジン 3-グルコシド)の色調が、pHの違いやアルミニウムイオンの有無で変わることによります。酸性土壌ではアルミニウムイオンの吸収が促進され、デルフィニジン 3-グルコシドにクロロゲン酸とアルミニウムイオンが結合して青色を増します。
季節によって身の回りの風景が随分と違って見えますが、風景や生き物の彩りにはさまざまな仕組みがあります。
【参考】
1. あきた森づくり活動サポートセンター総合情報サイト、野鳥シリーズ③カワセミ、http://www.forest-akita.jp/data/bird/03-kawasemi/kawasemi.html
2. 吉岡伸也、大貫良輔、生物の微細構造による鮮やかな色とその応用、日本画像学会誌、60,486-496(2021)
3. 大島範子、魚の体色とその変化:メカニズムと行動学的意義、J. Jpn. Soc. Colour Mater., 89,178–183(2016)
4. Teyssier J, Saenko SV, van der Marel D, Milinkovitch MC. Photonic crystals cause active colour change in chameleons. Nat. Commun. 6, 6368 (2015).