大学と研究

難治性疾患を
克服する薬を作りたい。
アカデミア発創薬への挑戦。

抗がん剤の開発につながる新たな分子の合成に成功

新薬の開発は年々難しくなっている。基礎研究で見出した新薬候補化合物から医薬品を創製できる確率は、いまや数万分の一ともいわれる。厳しい開発環境の下で製薬会社が創薬に手を出せない治療の難しい疾患や患者数の少ない疾患に焦点を当て、大学にいながら創薬に挑んでいるのが林 良雄教授だ。

林教授の研究室では、生体や天然由来のペプチド様分子をもとに、がんや遺伝病、感染症などの難治性疾患を克服する創薬の研究に取り組んでいる。中でも現在、アメリカと中国で臨床試験の最終段階を迎え、新薬完成の目前まで迫っているのが、林教授が合成したプリナブリンを使った抗がん剤だ。

林教授が創製した抗がん剤プリナブリンの結晶。非小細胞肺がんの治療薬として、さらにがん化学療法の副作用である好中球減少症の治療薬として、米国、中国で最終段階(Phase Ⅲ)の臨床試験が進められている。

プリナブリンは、ペプチド様天然物フェニラヒスチン(PLH)から林教授が創製したもの。PLHはアミノ酸2個が環化した環状ジペプチドだが、この化学構造を改変して強い抗がん作用を持たせた誘導体がプリナブリンだ。「組織にできた固形がんは、既存血管から新生する血管を手繰り寄せ、そこから酸素や栄養を得て細胞分裂し、成長していきます。プリナブリンには、微小管という細胞分裂に重要な役割を果たすタンパク質に作用し、がん細胞を自然死(アポトーシス)に導く作用とともに、この新生血管を壊す働きがあります」と林教授。直接がん細胞を攻撃しながら、栄養を供給する血管を遮断することでがん細胞を兵糧攻めにし、餓死させるのがその仕組みだ。最近の研究で、林教授はプリナブリンの化学構造をさらに改変して血液遮断効果を30~40倍に高めるとともに、高い水溶性を付与するなど、薬としての有効性を高めることにも成功している。「創薬で難しいのは、薬効以外の『薬に必要なさまざまな機能』をたった一つの分子で表現することです。そんな分子構造の創造に研究者の力量が問われます」と語る。

現在、米国の製薬企業で進められている臨床試験では、プリナブリンとタキサン化合物を組み合わせる新たながん治療法も検討されている。「ドセタキセルなどのタキサン化合物は、がん治療において最も広く使われている化学療法の薬です。しかしタキサン化合物には、血液中の免疫細胞(好中球)を減少させ、深刻な感染症を引き起こす副作用があります」。ヒトでの臨床試験を続ける中で、プリナブリンにこの好中球減少症を抑える作用が発見された。副作用を抑える既存のバイオ医薬品薬よりも安価に供給できるのがプリナブリンの強み。近い将来、タキサンとプリナブリンを組み合わせた化学療法が、副作用軽減に用いる高価なバイオ医薬品に取って代わるかもしれない。林教授は言う。「どんながん治療薬も万能ではありません。より高効果で副作用が少なく患者への負担が少ない、さらに安価で使いやすい薬を創製していくことが私たちの使命だと考えています」。

特異な遺伝性疾患を治療するリードスルー薬の創製に取り組む

林教授はまた、ナンセンス変異型遺伝性疾患に対する新たな治療法として注目されているリードスルー薬の創製にも着手している。

遺伝子の塩基配列からタンパク質が合成される際、遺伝子配列の終了を示す終止コドンが配列途中に挿入され、正しい機能を持ったタンパク質が合成できないナンセンス突然変異が起こることがある。林教授によると、ゲノム研究の進展によって近年、どんな遺伝性疾患でも、その5~20%がナンセンス突然変異に起因することが明らかになってきたという。デュシェンヌ型筋ジストロフィーや嚢胞性線維症はその代表例だ。こうしたナンセンス変異型遺伝性疾患に対し、リードスルー化合物は、遺伝子配列の翻訳過程でmRNA上に異常に形成された中途終始コドンを読み飛ばして(リードスルー)完全なタンパク質を発現させる作用を持つ。中でも教授が着目するのが、ネガマイシンという微生物由来のジペプチド型抗生物質である。林教授はこのネガマイシンにターゲットを絞ってリードスルー薬の研究に取り組んだ。これまでネガマイシンが医薬品として活用された例はなく、林教授の研究が成功すれば初めての例となる。

教授らはネガマイシンの分子構造を種々改変しては活性を確かめることで、強いリードスルー活性を持ち、かつ安全性の高い新規ネガマイシン誘導体を創製した。すでに医学部や企業との共同研究で特殊なナンセンス変異型遺伝性疾患の治療薬開発が始まっている。

さらに林教授は、創薬研究に留まらず、自らが創製した有機分子を用い、生体分子との相互作用を生化学的に解析し、それまでわからなかった生命のメカニズムを解明する「ケミカルバイオロジー」研究にも力を入れて取り組んでいる。すなわち創造の化学から発見の科学への転換である。

ブランディング事業で挑む製薬企業にできない創薬と人材育成

新薬を開発するのに莫大な開発費がかかる現代、製薬会社でも基礎研究から創薬/臨床開発まですべてを自社で行うのが難しくなっている。東京薬科大学では、そうした現状の一助となるべく大学のリソースを活用してアカデミア創薬を目指す私立大学研究ブランディング事業を展開している。「東京薬科大学は日本最大の薬科大学です。薬学に関する広範かつ最先端の専門性を持った研究集団(研究室)が存在しています。これらを有機的に結びつけることで、医薬品候補分子の探索から創薬までのすべてのプロセスを担えるスケールメリットがあります。この高度で柔軟な機能を活かすことで、患者本位の難治性疾患治療薬の創製を、もちろん製薬企業と共創しながら実現したい」と林教授。

加えて、人材育成にも意欲を燃やす。「最先端の研究に携わり、世界と競える研究環境が、グローバルに活躍する意欲と見識を持った研究者を育てます。私たちの研究室からペプチド科学の領域で世界を舞台に活躍する研究者をたくさん輩出したい」と熱く語る。将来、世界を変える医薬品の創製と人材の育成に期待がかかる。

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