大学と研究

中枢・末梢神経の
人工組織作成から広がる
神経疾患の治療薬
創製の可能性。

試験管内で神経組織を培養し分子メカニズムを解き明かす

in vitroで再現された感覚神経組織。国内外の複数の研究機関や製薬企業と共同で、この培養システムを使った創薬の研究が進められている。

脳をはじめとした神経組織は、一度傷ついたら元に戻すことは難しいといわれてきた。ところが今、分子神経科学の分野でその不可能を可能にする研究が進みつつある。世界でその先頭を走る一人が山内 淳司教授だ。教授は、神経組織を作ることで中枢・末梢神経の発生の分子メカニズムを解明するとともに、神経疾患に効く薬を作るための標的分子を見つけようとしている。世界にインパクトを与えた山内教授の研究成果の一つが、試験管内(in vitro)で、人工的に中枢神経組織と末梢神経組織の構築に成功したことである。

「神経組織は1000億を超えるニューロン(神経細胞)とグリア細胞からできています。これまで誰もこの複雑に張り巡らされた神経組織を再現することはできませんでした」と山内教授は語る。教授はまずマウスの神経系の前駆細胞を神経細胞とグリア細胞に分化させて高度に精製した後、in vitroで一緒にして共培養を試みた。生物と同様に神経組織が立体的に成長していくよう最適な培養時間や導入因子を検討し、組織を構築するには高度な培養技術を必要とする。山内教授らはそれを実現し、細胞の発生過程から神経が成熟していく過程を生物と同じ時間軸で再現する培養システムを確立した。

「試験管内で神経組織を再現できれば、神経障がいや破綻のプロセスも再現できます。つまり疾患を持った神経組織を作って薬効が期待できる候補分子を入れて実験するなど、薬を開発するための標的分子のスクリーニングに使うことができるわけです」と山内教授。すでに国内外の複数の研究機関や製薬企業と共同で、このシステムを使った創薬の研究を進めている。

脳の炎症性疾患の副作用を抑える新薬の候補的分子を発見

また新たな標的分子を発見した最近の成果として、多発性硬化症の抗体薬ナタリツマブの副作用を改善する分子の同定が挙げられる。「ナタリツマブは脳の炎症性疾患である多発性硬化症の抗体薬です。脳内で炎症細胞と血管細胞の相互作用を阻害することで過剰な免疫反応を抑えるのがその仕組み。しかし炎症を抑える一方で、病態を悪化させる強い副作用があることでも知られています」と山内教授は解説する。教授の研究グループは、ナタリツマブの標的を構成する分子の中に免疫反応を抑えるだけでなく、神経細胞とグリア細胞の一つであるオリゴデンドロサイトの相互作用を阻害する分子があることを発見。これによって神経組織が成熟できずに壊死することで病態が悪化することを突き止めた。続けて神経組織を成熟させる分子CD69を保護することで副作用が改善されることも明らかにした。「マウスを使った実験で、ナタリツマブとCD69を保護する分子を併用すると、約70%のマウスで副作用が解消されました。将来、ナタリツマブの副作用を抑える新たな併用薬の開発につなげられたらと考えています」と意欲を見せる。

さらに最新の研究で、末梢神経組織の形成を司る新規分子を発見したことも報告している。「末梢神経が形成される過程で、グリア細胞の一種であるシュワン細胞の細胞膜が何重にも巻き付いてミエリン(髄鞘)を形成します。ミエリンは、神経の軸索を覆って神経伝達速度を高める役割を果たす重要な組織です。私たちは、ミエリン形成の際、その材料となるタンパク質や脂質が届けられるプロセスに関わるBIG1とArf1という新規分子を見出しました」と山内教授。ミエリンの発生と再生を司る分子が明らかになったことで、その活性を阻害する分子を探索できるようになる。見つけられればミエリンが消失する神経疾患を治療したり、末梢神経組織の再生を促進することも可能になる。

遺伝性の神経疾患で苦しむ子どもを救いたい

試験管内で神経発生に関わる分子を同定できれば、次に遺伝子改変マウスでその効果を検証することになる。いずれヒトの神経細胞やその周りの細胞の再生を可能にする再生創薬にも活路を開くことになるだろう。山内教授はこうした研究成果を先天性の小児神経疾患の治療に役立てたいと語る。「神経疾患を持って生まれてきた子どもの多くは、長く生きられなかったり、成長しても痛みや痙攣などの神経障がいに苦しめられます。しかし患者数が少ないこともあって創薬に乗り出す製薬会社は多くありません。そうした希少疾患の創薬にこそ私たちアカデミアが貢献すべきだと考えています」と研究意義を語る。もちろんアルツハイマー病や糖尿病が原因の神経疾患など多くの現代社会が直面する疾病にも生かせることは間違いない。

また山内教授は、現在東京薬科大学が取り組む私立大学研究ブランディング事業でもけん引役を担っている。「創薬の標的分子の探索からスクリーニング、実際に化合物を合成し、その効果を評価したり、シミュレーションを行い、最終的に医薬品候補薬に磨き上げるところまで、創薬に関わるあらゆるプロセスを大学内に有しているのが、本学の強みです」と山内教授。特に分子神経科学分野の先進国であるアメリカに肩を並べる次代の研究者の育成に力を注ぐ。「薬学分野から将来、創薬研究に携わる博士を養成することが私たちの役割だと任じています」と決意を語った。

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