創薬基盤技術

の粒子で
を届ける

泡の粒子を「運び屋」にした
ドラッグデリバリーシステムを開発

ゲノム編集技術の目覚ましい進展に伴い、遺伝子治療の進歩も加速している。しかしこれらの治療技術は、遺伝子治療薬や核酸医薬が疾患部に届いて初めてその真価を発揮できる。遺伝子治療の成否は、薬を標的となる細胞に届ける「運び屋」(キャリア)やドラッグデリバリーシステム(DDS)の開発にかかっていると言っても過言ではないのだ。その中で、「泡」の粒子を「運び屋」とし、超音波を利用して薬を届ける革新的なDDSを開発したのが、根岸洋一教授である。

「まずキャリアとして細胞膜の類似成分であるリン脂質を用いて、粒径200~300nmの泡状のナノバブルを作製。この泡の粒子に核酸や遺伝子の治療分子を搭載して血管に注入すると、血流に乗って疾患部の細胞に運ばれます。そこで体外から超音波を照射すれば、バブルが破裂し、衝撃で生まれたマイクロジェット流によって薬が細胞内に導入されるという仕組みです」と説明した根岸教授。超音波は組織へのダメージが少なく低侵襲であることから、これまでもDDSへの応用が検討されてきたものの、既存のキャリアは粒径が4~6μmと大きいことが課題だったという。根岸教授がナノサイズのキャリアの作製に成功したことにより、とうとう遺伝子治療への応用が可能になった。

また根岸教授は、バブルに抗体やペプチドといったアンテナ分子を修飾することで、標的指向性を持ったナノバブルも実現した。「標的細胞に集まったバブルの粒子に微弱な超音波が当たると、音波を跳ね返します。これを利用すれば、超音波造影剤として体外から疾患部を特定する診断イメージングにも活用できます」と言う。さらにナノバブルにアンテナ分子と治療薬を搭載すれば、超音波で患部を特定し、ピンポイントで薬を送り込む、診断と治療を一度に行える革新的なDDSを実現できる。

治療(Therapeutics)と診断(Diagnostics)を組み合わせた「セラノスティクス(Theranostics)」は、患者の負担を軽減し、病気の早期治療を可能にする新しい医療技術として注目されている。ナノサイズでそれを可能にした根岸教授のDDSは世界に大きなインパクトを与えた。

超音波でピンポイントに薬を送達
筋ジストロフィーの治療に光明

ナノサイズのDDSによって、血管が少ない、あるいは特殊な構造で薬を運びにくい場所にも薬を届けられるようになる。そうすれば脊髄や筋肉の難病など難治性疾患の治療にも光が見えてくる。その一つが全身の筋肉が衰える難病「筋ジストロフィー」への応用だ。

根岸教授によると、世界で最も患者数が多いとされるデュシェンヌ型筋ジストロフィーは、筋肉の細胞骨格を維持するタンパク質のジストロフィンが欠損し、筋肉の細胞が形を維持できなくなることで発生する遺伝子疾患である。長くステロイドによる対処療法しかなかったが、数年前、画期的な核酸医薬が開発された。しかし治療費が年間約4,000万円にものぼるため、多くの人にとっては手の届かない治療である。「治療が高額になる理由は、薬剤を投与してもその99%が尿中に排出されてしまい、患部に届かないためです。もし薬剤を100%筋肉に運べたら、コストは100分の1で済む。より多くの患者を治療できるようになります」と語った根岸教授は、この核酸医薬の運搬に超音波DDSを使えることを動物モデルで実証した。

アンチセンス核酸と呼ばれる短い合成核酸を封入したナノバブルをジストロフィン遺伝子に変異を有するデュシェンヌ型筋ジストロフィーモデルマウスの足に注射して超音波を照射。これにより、タンパク質の生成を妨げている遺伝子の異常個所を切り取ることができるアンチセンス核酸を筋細胞内に効率的に送達導入することに成功した。「その結果、正常なジストロフィンタンパク質が10%まで回復しました。これを数回繰り返し、タンパク質量が30%に達すれば、十分治療効果を見込めます」と根岸教授。この成果により、難病の進行に歯止めをかけられる可能性が見えてきた。

超高齢化社会で増加する虚血性疾患や中枢神経系疾患の
治療にも広がる応用の可能性

「糖尿病や動脈硬化など血管が傷み、運動療法や既存の薬物療法では改善しない重篤性の高い虚血性疾患では、どうやって血管を再生させるかが病状を回復させる重要な課題です」と根岸教授。こうした疾患にも超音波を使ったナノバブルのDDSを活用できるかを検証するために、これまで疾患部位への送達が困難とされていた血管再生を促す新しい核酸医薬でも検討した。「下肢の虚血性モデルマウスの尾に核酸医薬を搭載したナノバブルを投与し、微弱な超音波で微小血管が集積する場所を特定。次いで超音波の強さを変えて核酸医薬を患部組織へ送り込んだ結果、1週間後、血管新生によって血流量が80%近くまで回復したことが判明しました」。

また脳への薬の送達でも驚くべき成果を挙げている。脳は血液脳関門(BBB)と呼ばれる強固な壁で守られており、薬を脳内に届けるのは至難の業だ。根岸教授は、ナノバブルを血中に投与し、頭蓋外から超音波を照射して強固なBBBを一時的に開口させることに成功した。現在、脳選択的なDDSの開発を進めている。将来、BBB開口システムによって核酸医薬や抗体医薬を脳内に送達し、脳腫瘍や脳梗塞、アルツハイマー病、パーキンソン病などの中枢神経系疾患を治せる日が来るかもしれない。

「今後、とりわけ難治性疾患の治療において、物理的エネルギーと薬物療法の一体化が重要になる」と予見した根岸教授。現在ナノバブルによるDDS研究開発を加速させることで、これまで治療が難しかった遺伝子疾患や難治性疾患に対する革新的な根本治療法開発にも挑戦している。教授のDDSの果たす役割は、ますます大きなものになる。