創薬基盤技術

未知の物質・物性を
明らかにする
新しい分析方法を開発

エクソソームと人工細胞膜の膜融合を観察する方法を開発

無数の物質の中からまだ知られていない新規の物質や物性を探索することが、創薬研究の第一歩である。しかしどんな物質・物性もそれを捉える術(すべ)がなければ、薬に応用することもできない。「未知の物質や物性、作用を明らかにする新しい分析方法を作り出すことで、創薬の扉を開きたい」。そう語る東海林 敦准教授は、特にヒトの体の仕組みに着目して既存にない分析方法を自ら考案し、未知のデータを掴み取ろうとしている。中でも画期的な成果の一つが2020年、世界で初めてエクソソームと細胞膜の「膜融合」を観察する方法を開発したことだ。

エクソソームは、あらゆる細胞から放出される直径50-200nmほどの粒状の細胞外小胞で、近年生体内での機能解明の研究が進んでいる。「細胞から放出されたエクソソームが特定の細胞に取り込まれると、細胞の機能が変化します。このことからエクソソームは、細胞から細胞へと情報を伝達するツールとして機能していると考えられています」と東海林准教授は解説する。

准教授によると、エクソソームが細胞内に取り込まれる経路には、エンドサイトーシスや膜融合が関連していることがわかっている。エンドサイトーシスの研究が活発に行われている一方で、エクソソームと細胞膜との膜融合による情報伝達のメカニズムに関する研究は、その関心の高まりに比べてあまり進んでいないという。大きな理由の一つが、その現象を捉える方法がなかったことだ。「それまで細胞とウイルス、または細胞同士の膜融合を観察した知見はありましたが、エクソソームと細胞膜の膜融合を実際に確かめた人は誰もいませんでした」。その中で東海林准教授は、イオンチャネルとして機能するグラミシジンを用い、電気化学的にエクソソームの膜融合を評価できる革新的な方法を構築した。

グラミシジンを活用し、リアルタイムでの観察に成功

グラミシジンはペプチドの一種で、細胞膜で一価の陽イオンを透過させ、細胞の膜電位を変調させるイオンチャネルとして働く。東海林准教授はそれまでの研究で、人工細胞膜と膜融合するエクソソームの数が増えると、見かけ上グラミシジンのチャネル活性が上昇する現象を発見している。「人工細胞膜とエクソソームが膜融合する際、グラミシジンが取り込まれてイオンが人工細胞膜を透過し、膜電位が上昇します。膜融合するエクソソームの数が増えるとグラミシジンが人工細胞膜に包理されやすくなり、チャネル活性が上昇。イオンの透過量が増えることを実験で確かめました。この現象を利用して、人工細胞膜とエクソソームの膜融合を簡単な手順で評価できるアッセイ法を構築しました」と言う。

まず細胞膜のモデルとして支持脂質二分子膜を作製し、グラミシジンとエクソソームを順次添加する。エクソソームの膜融合が増えれば、人工細胞膜内のグラミシジンによるイオンチャネル数が増え、電流が流れやすくなる仕組み。これによってエクソソームと人工細胞膜の膜融合をリアルタイムに、かつノンラベルで観察することが可能になった。細胞間の膜融合を観察するには、それまで蛍光標識した脂質分子を使うしかなかったが、今回の成果によって余計な影響を排し、より高精度に現象を捉えられるようになるという。

「構築したアッセイ法を用いた分析から、エクソソームと人工細胞膜の膜融合は、細胞の種類やpH環境によって大きく異なることがわかってきました」と東海林准教授。例えば、腫瘍細胞由来のエクソソームと膜融合する人工細胞膜を作製し、膜融合とpHの関連を調べたところ、pHが低いほどエクソソームと人工細胞膜は膜融合しやすいことが明らかになった。「細胞膜とエクソソームが無作為ではなく選択的に膜融合することを示唆しているところが興味深い。今後、エクソソーム膜融合のメカニズムを解明し、細胞間情報伝達の仕組みを理解する一助になり得ると考えています」と東海林准教授は期待を寄せる。

エクソソームの動態を捉える新たな計測装置を開発

エクソソームはナノサイズと微小な上に、既存の分子測定装置では検出が難しい。その物性や機能を解明するには、分析方法の開発も不可欠だと東海林准教授は言う。その一つとして現在、エクソソームが細胞から放出される現象を捉えるアッセイ法及び計測装置の開発を進めている。それが、「光ファイバー表面プラズモン共鳴センサー」である。光ファイバーのコアの表面に真空蒸着で膜厚50nmの金属ナノ薄膜を形成し、表面プラズモン共鳴を誘起させることでエクソソームを測定するというものだ。今後は、この計測装置を使って神経細胞から放出されたエクソソーム量の測定を進めていく予定だ。

近年、エクソソームについては、特にがんとの関連が注目されている。エクソソームを介した細胞間コミュニケーションを理解することが、がんの転移をはじめとしたさまざまな疾患の発症メカニズムの解明や、治療薬・診断技術の開発につながっていく。東海林准教授の創り出す新しい分析技術が、それを支えている。

蛍光キャピラリーダー
キャピラリーを試料セルとして用いる蛍光測定装置
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