微生物

大学キャンパスで
採取・単離した天然酵母で
クラフトビールを醸造

2021年6月1日、志賀靖弘助教らが東京薬科大学のキャンパスから採取・単離した酵母を使い、高尾ビール株式会社と共同で開発したクラフトビール「やまもも」が発売された。天然の酵母菌をどのように採取し、ビール醸造につなげたのか、開発秘話を聞いた。

東薬キャンパスに生息する植物から「東薬花の酵母」を単離

志賀微生物酵素や発酵を利用した新たな食品の可能性を探る中で、以前からアルコール製品への応用に関心を持っていました。ビールを造るきっかけは、2016年から学生の卒業研究の一環として、本学のキャンパス内に生育する植物や果実から天然酵母菌を採取・単離しはじめたことでした。その特性評価を行う中で、本格的にビール造りを考えるようになりました。

池田共同開発のパートナーとして紹介を受けた時は驚きました。

志賀本学のある八王子市にあって、地域に根差したクラフトビールを醸造している高尾ビールさんには、大きなポテンシャルを感じました。

池田食の嗜好が多様化している現代、ビールもその例外ではありません。日本にはいまや400を超える醸造所があるといわれ、多種多様なクラフトビールが造られています。その中で、新しいビールを生み出すことは、私たちにとっても楽しい挑戦でした。とはいえビール製造には通常、それに適した市販の酵母を用います。どうやって天然の酵母菌からビールに適した酵母を見つけ出したのですか。

志賀糖分の多い「花」には天然の酵母が付着している確率が高いことから、単離源として有望なものです。「花酵母」といえば、東京農業大学の中田久保教授が先駆者ですが、我々は彼らの方法とは異なり、集積培養法で出芽酵母 Saccharomyces cerevisiae 菌株の分離を試みました。集積培養法は、培地の成分を工夫することで、目的とする性質の菌株を効率良く増殖させる方法です。今回は酵母が好むやや酸性で、出芽酵母など一部の種が資化できる三糖類(ラフィノース)や8%のエタノールを含んだRE培地を使用することで、酒やパン作りに利用可能な出芽酵母の採取を試みました。本学キャンパス内に生えている植物(花、果実など)をRE培地に浸漬し、酵母の増殖により濁りの生じたサンプルを次のスクリーニングに回しました。新しい発酵食品を開発する際に、何よりも重視しなくてはならないのは、その安全性です。出芽酵母 S. cerevisiae は、過去数千年というレベルで発酵食品の製造に使われてきましたが、調べた限り健康被害などの報告がない安全な菌株です。そこで我々が分離した全ての酵母菌株の遺伝子の一部をPCRで増幅し、その塩基配列を調べることで、出芽酵母 S.cerevisiae であることが確実な菌株を選び出しました。約3年半の間に延べ747種の植物をスクリーニングし、最終的に40種類の出芽酵母菌株の分離に成功。これらを「東薬・花の酵母」と名付けました。さらにゲノム上のレトロポゾン配列を利用した系統分類により、これら40菌株が少なくとも16の異なった系統に分類できることを確認しました。

池田その中から、ビール造りに使用する酵母を選んだわけですね。

志賀そうです。パブリックイメージの良さそうな菌株としてまず選んだのが、八王子市の「市の花」でもあるヤマユリの酵母でした。

試行錯誤の末、天然酵母を使った新しいビールを醸造

池田ビールは大麦とホップ、水、そして酵母から造られます。大麦を煮出した麦汁を発酵によってアルコールに変えるのが酵母の役割です。特性試験を経たとはいえ、ヤマユリの酵母でビールを醸した例は聞いたことがありません。ビール造りはすべてが手探りでした。まずは試しに市販のビール酵母と同じ条件で醸造してみましたが、初めは酵母の発酵が芳しくありませんでしたね。

志賀発酵が途中で止まる原因の一つと考えられたのが、麦汁に含まれるグルコースの存在でした。グルコースなどの代謝されやすい炭素源があると、それを消費するまで他の糖類、ビールの麦汁の場合は主成分であるマルトース(麦芽糖)を代謝する酵素が誘導されにくいカタボライト抑制という現象が起こります。これに対処するために、ビールを試作する中で、マルトースの資化性や発酵性が上昇した自然突然変異株を探索しました。

池田その後もさまざまな条件で試作を繰り返し、2020年に誕生したのが、ヤマユリの酵母を使った初の試作品「YMY♯2」でした。続いてノハラアザミの酵母を使った試作品「AZM♯1」を完成させ、試験販売を行いました。これに手ごたえを得て2020年9月、ヤマユリの酵母を使った第一弾のクラフトビール「やまゆり」を発売しました。

100%「東薬・花の酵母」を使ったビール「やまもも」が完成

志賀市販した「AZM♯1」、「やまゆり」は成功したものの、いずれも花酵母と市販のビール酵母を順次使用する「ハイブリッド方式」で醸造したことが心残りでした。「次は100%『東薬・花の酵母』を使ってビールを造りたい」と思い、選んだのがヤマモモの酵母です。予備実験の段階で、酵母の中であらかじめ麦芽糖分解酵素を誘導してから麦汁へ添加すれば、カタボライト抑制の問題を乗り越えられるのではないかという結果が得られていましたので、この方法を採用しました。

池田100%花酵母を使うとなると、これまで以上に発酵性能を高める必要があります。当社もクラフトビール醸造で培ってきたノウハウを駆使し、試行錯誤を重ねました。特に心を砕いたのは、発酵の温度帯です。通常のビール酵母は20℃前後で発酵が進みますが、今回は、発酵温度帯をベルギービールと同じ35℃前後に設定してみたところ、発酵度が向上しました。

志賀そうした数々の工夫を経て、ついにヤマモモの酵母100%で醸造したクラフトビール「やまもも」が完成しました。

池田「やまもも」は、華やかな香りと、アプリコットのようなフルーティな味わいが特長です。当社にとっても、これまでにないクラフトビールとなりました。現在は「東薬・花の酵母」だけでなく、大麦、ホップ、副材料のすべてを八王子産にした、100%八王子産原料のビールの醸造を計画しています。

志賀16系統の「東薬・花の酵母」には、それぞれに特徴的な香りや味わいがあり、今後も酵母によってバリエーション豊かなビールを造っていけると期待しています。それを可能にするために、各菌株のゲノム解析や遺伝子の発現量の解析など基礎研究を進めていきます。

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