微生物

環境・食品・エネルギー、
応用可能性が広がる
光合成微生物

円石藻のCO₂固定による石灰化
そのメカニズムを究明する

地球上の二酸化炭素(CO₂)濃度は急速に上昇しており、それを食い止めることが喫緊の課題となっている。この問題解決の一助とするべく藤原祥子教授は、光合成微生物の一種である微細藻類のCO₂固定に着目し、研究を行っている。

光合成微生物のCO₂固定機構の一つに石灰化がある。中でも藤原教授が注目するのは、円石藻だ。「円石藻はハプト藻の一種で10μmほどの海洋性単細胞藻類です。炭酸カルシウムを主成分とする精巧な鱗片(円石)を形成し、細胞周囲に付着させるのが特徴。現在も海洋で大量のCO₂を固定しています」と説明する。驚くべきは、そのスピードだ。「円石藻は、同じく石灰化して骨格を作るサンゴの千倍以上もの速さでCO₂を固定して大量繁殖し、人工衛星にもはっきり捉えられるほど巨大なブルームを形成します。しかしその形成のメカニズムはいまだによくわかっていません」と語る。藤原教授らの研究グループは、円石の形成プロセスを視覚化するとともに、検出系を確立。円石成分を解析し、cDNAアレイや転写産物のデータベースの作成、遺伝子解析ツールの開発を進めてきた。これらのツールを用いて円石藻の石灰化のメカニズムを分子レベルで解明しようとしている。

貯蔵多糖の分子構造を制御し、ユニークな食品を創生する

一方、光合成によるCO₂固定についても多様な微細藻類に関心を向ける。例えばクロレラは直径10μmほどの細胞内に核と葉緑体が一つずつという単純な構造ながら、増殖力は極めて高い。「1回に2~8個の細胞に分裂し、わずか6時間ほどで2倍に増殖します。それだけ猛烈なスピードでCO₂を固定しているということです」と言う。

現在力を注いでいるのが、光合成産物である貯蔵多糖や脂質の合成機構を究明することだ。貯蔵多糖としてよく知られているのは、バクテリアや動物が産生するグリコーゲン、植物が産生するデンプンなどのαグルカンだが、藻類はそれに加えてβグルカンも産生するという。「地球上に初めて原核藻類のシアノバクテリアが登場した時、その貯蔵多糖はグリコーゲンだけでしたが、二次共生による進化の過程でデンプン、βグルカンなどを貯蔵できるようになっていったと考えられています。こうした進化がいかにして起こったのか。私たちは出現機構を突きとめようとしています」と藤原教授。着目するのは、原始紅藻とハプト藻だ。「ハプト藻などの二次共生藻にはβグルカンを貯蔵できるものが多く 、二次共生の際、遺伝子がせめぎ合った結果、その機能を獲得したと推定されます。そうした合成機構の進化のシステムを遺伝子から解明しようとしています」。

これらの基礎研究の成果は、新たな食品の創出にも役立てられる。藤原教授らは、遺伝子改変によってデンプンの分子構造を変化させ顆粒の形態や糊化温度を変化させるなど、新たな機能の創出も試みている。「デンプンは、グルコースが直鎖状に結合したアミロースと、グルコース残基が枝分かれしてクラスター構造を形成したアミロペクチンの混合体で、可溶性のグリコーゲンとは異なり、半結晶性を持っています。そして、炊くと、アミロペクチンの割合が多いほどみずみずしさと粘りを示します。例えばジャポニカ米は、アミロースを合成する遺伝子の異常によりアミロースを持っていません。みずみずしくモチモチとした食感になるのはそのためです」。貯蔵多糖の分子構造が分かれば、酵素を用いてグルコースの直鎖を伸ばしたり、あるいは残基の枝を切ったりして構造を変え、親水性や糊化の温度などをコントロールすることが可能になる。

食品だけではない。今、光合成微生物による鉱物生成の可能性にも注目が集まりつつある。藤原教授らはこの「バイオミネラリゼーション」への応用を目指す他、バイオ燃料となり得る脂質の研究にも取り組んでいる。

CO₂固定のプロセスを資源回収や水質浄化に生かす

さらに光合成によるCO₂固定のプロセスでは、リン酸化合物などの中間代謝産物が生成される。藤原教授らは、これを環境修復(バイオレメディエーション)に生かすことにも関心を持っている。「私たちは藻類の中からヒ素耐性の非常に高い変異体の分離に成功しました。調べると、この変異体は細胞内にリン酸を取り込む役割を果たすトランスポーターの一つに異常があることがわかりました。リンとヒ素は分子構造が非常に似ており、通常はリン酸トランスポーターによってヒ酸も取り込まれます。私たちが分離した変異体は、リン酸トランスポーターの異常によってヒ酸の取り込みが減少したのだと考えられます。この性質を生かし、ヒ素を除去することができないか、検討しているところです」と藤原教授。リンは希少資源として枯渇が懸念されている一方、世界の広い地域でヒ素による水質汚染が問題になっている。「リン酸・ヒ酸トランスポーターの機構を分子レベルで明らかにし、リン酸やヒ素の回収・除去システムの開発につなげたいと考えています」。

「微細藻類はその形も機能も実に多様性に富んでいます。初めて見た時、その美しさと力強さの虜になりました」と語る藤原教授。地球環境や食品、エネルギーなど限りなく応用可能性の広がる研究に「今もワクワクしている」と目を輝かせる。

※ 藤原祥子教授インタビュー:地球温暖化解決のカギに! 〜光合成微生物の未来への期待〜

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