微生物

電気で微生物を制御し、
新しいエネルギー
システムを創り出す

細胞外の電極と電子を受け渡しする微生物

生物は、呼吸や発酵、光合成などの代謝によってエネルギーを得て、生命を維持している。エネルギー代謝が行われる時、細胞内では物質間で電子の移動が生じるが、細胞内の代謝系はほとんどの場合、細胞壁や細胞外膜といった「絶縁体」で隔てられており、細胞の外から電子の移動に関与することは難しいと考えられてきた。「ところが最近の研究で、ある種の細菌は細胞外の導電性固体(電極)と電子の授受を行う能力を持つことがわかってきました」。そう明かしたのは、高妻篤史助教だ。これらの細菌は「電気化学活性細菌(electrochemically active bacteria; EAB)」と呼ばれている。

高妻助教によると、EABは細胞外にある電極と細胞内をつなぐ「細胞外電子伝達経路(EET経路)」を備えており、この経路を介して電子を受け渡しできる。「EABでは、呼吸などの代謝と連動して電極と細胞間に電流が発生します。電極の電位が高いと細胞内から外へ電子が流れやすくなり、電位が低いと電子の流れは逆になることがわかっています。つまり電極電位を変えることで、電極とEAB間に生じる電流の量と方向を調整し、EABの代謝反応に影響を与えることができるわけです」と言う。これは「微生物電気化学システム(BES)」といわれ、かねてより微生物燃料電池や微生物電気合成、電気制御発酵などへの応用が研究されてきた。中でも高妻助教が関心を持っているのは、発酵を制御することだ。

発酵とは、「微生物が嫌気的に有機物を分解することでエネルギーを得る過程」を指す。呼吸や光合成とは異なり、発酵は取り込んだ有機物だけで酸化還元反応が進み、エネルギーを得られるのが強みだ。といっても、酸化還元反応によって生じる生成物は元の基質よりもエネルギーの低いものに限られ、原料より高還元・高エネルギーな物質を作り出すことはできない。「しかしEET経路を持つ微生物を使って電子の流れを制御できれば、こうした発酵の限界を打ち破ることができるかもしれません」。そう考える高妻助教は、EABを用いて生成物やエネルギーの収率を高める新しい電気制御発酵の開発を目指している。

電気化学活性細菌の応答メカニズムを解明

「代表的なモデルEABとして知られるShewanella oneidensis MR-1株のEET経路では、電極の電位を高く設定するとギ酸やNADHといった電子供給体が酸化されて電子が生じ、それが内膜キノンを経由して内膜にあるタンパク質CymAから外膜に局在するシトクロム複合体まで輸送され、細胞外へと放出されます」と高妻助教は、EET経路を介して電子が受け渡されるメカニズムを説明する。

しかし電極電位の変化によって、EABがどのように応答するかは、これまで明確にはわかっていなかった。まず高妻助教らは電極上に形成したMR-1株の集合体(バイオフィルム)を使った実験で、電極電位の変化によってバイオフィルムの構造が変化し、MR-1株が確かに電極の電位に応答していること、また電位が高いほど菌体の増殖は多く、反面、代謝産物の生成収率は下がることを確かめた。「さらに電極電位を変えた時のMR-1株の代謝経路の変化を調べたところ、電極電位が低い時は、ギ酸を用いる経路を使って代謝が進んだのに対し、電極電位を高く(0.5V)すると、NADHを介した経路で代謝されることがわかりました。これにより、MR-1株は、高電位条件でより多くのエネルギーを保存し、効率よく増殖できることが明らかになりました」。

電極電位に応じた代謝経路の変化

電気化学活性細菌の電極電位の認識機構を解明

次の疑問は、EABは何を感知して電極電位に応答しているのかだ。「感知しているのは、内膜キノンの酸化還元状態の変化ではないか」と予想した高妻助教らは、この検証も試みている。先行研究で、大腸菌で内膜キノンの酸化還元状態を感知する機構として「Arc制御系」というシステムが知られている。これに目をつけ、MR-1株を用いてArcSの欠損株を作製し、電極電位に応じた遺伝子発現の変化を野生株と比較した。すると、野生株では遺伝子の発現量が大きく変化したのに対し、ArcS欠損株では、ほとんど遺伝子発現の変動が見られなかった。「この結果から、MR-1株においてもArc制御系が主要な電極電位感知システムとして働き、電位に応じて遺伝子発現を制御しているといえます」と言う。

この電極電位を認識する機構を応用すれば、電極を用いてEABの遺伝子発現や代謝活性を制御することが可能になる。「電気」を使った遺伝子制御機構は他に例がなく、高妻助教らはそれを「電気遺伝学(エレクトロジェネティクス)」と命名。その基礎確立に向けた研究を続けている。目下の課題は、電極からEABへの電子伝達の効率を高め、電流の量を増やすことだ。それが実現すれば、今後、実用化の道も開けていく。最近、バイオフィルムの形成因子を同定し、電極上でのバイオフィルムの増殖に成功したという高妻助教。微生物の増殖を促すことで、電子伝達の促進へとつなげようとしている。

電気で微生物を制御し、これまでにないエネルギーシステムが生まれるか、今後の研究成果に期待がかかる。

電気遺伝学による物質生産プロセスの促進
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