微生物

抗菌薬の効かない
感染症を食い止める

多剤耐性菌『MRSA』に焦点を当て
原因菌と薬について研究

細菌やウイルス、寄生虫などの病原体が体内に侵入することで引き起こされる感染症は、全世界の死亡原因の第一位を占めており、人類を脅かす疾患の一つである。日本をはじめ高齢化の進む先進諸国では、免疫力の低下によって通常では症状が出ないような細菌でも感染症を起こす易感染性宿主が増加し、病院や施設などでの院内感染が問題になっている。

中南秀将教授はそうした感染症の予防と治療に寄与するため、原因微生物と薬について研究している。特に着目するのが、黄色ブドウ球菌だ。「この細菌は健康な人の3割が保持している常在菌でありながら、『毒素のデパート』といわれるほど多様な毒素を産生し、極めて病原性が高いことで知られています」と中南教授は解説する。中でも問題視するのは、抗菌薬の効かない薬剤耐性菌だ。その一つとしてメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)に焦点を当て研究している。

MRSAは、通常の黄色ブドウ球菌が、メチシリン耐性遺伝子(mecA)を獲得することで誕生した。「やっかいなのは、複数の抗菌薬に対する耐性を獲得した多剤耐性菌で、感染すると難治化しやすいことです」と中南教授。教授によると、mecA が位置する染色体上のSCCmecという領域には、他系統の抗菌薬耐性遺伝子が存在するⅠ~Ⅲ型と、存在しないⅣ、Ⅴ型がある。Ⅰ~Ⅲ型のMRSAは多剤耐性で、主に入院患者から分離されるため「院内型MRSA」、Ⅳ、Ⅴ型のMRSAは有効な抗菌薬が多く、主に健常者や外来患者から分離されるため「市中型MRSA」と呼ばれる。

ガイドラインに掲載されない最新のMRSAの流行状況を調査

日本感染症学会および日本化学療法学会が発表している「MRSA感染症の治療ガイドライン」には、現在日本で分離されているMRSAについてSCCmecのタイプや抗菌薬耐性、病原性因子、遺伝子型、クローンなどの特徴が示されている。「しかし細菌は変異しやすく、その動向は刻々と変化していきます。ガイドラインに掲載されている情報もすぐに過去のものになってしまいます」と語った中南教授は、リアルな動向を知るために、継続的かつ長期にわたってMRSAの遺伝子解析を行っている。驚くのは、多摩地域にある総合病院や大学病院に加え、全国各地の皮膚科クリニックからも協力を得て臨床検体を収集していることだ。これによって院内型と市中型の両方のデータを獲得。「日本の大学でこれだけ網羅的かつ豊富なMRSAの臨床分離株を保有しているのは、私たちの研究室だけだと自負しています」と言う。

中南教授は、PFGE、MLST、ゲノム解析などの手法を用いて収集した菌株の遺伝子解析を行い、MRSAの流行型が現在のガイドラインから大きく変化していることを突き止めた。「顕著だったのは、院内型MRSAの変化です。院内型MRSAは従来Ⅰ~Ⅲ型が主流でしたが、私たちの研究によってⅣ型の市中型が主流になっていることがわかりました」。

もう一つ目を引いたのが、USA300クローンの流行だった。アメリカで発生したこのMRSAは、PVLという非常に強力な毒素を産生して白血球を破壊し、重度の皮膚感染症を起こすことが報告されている。「USA300の世界的流行は指摘されていたものの、市中型のため調査するのが難しく、日本ではほとんど実態がわかっていませんでした。私たちの研究によって日本でもUSA300の流行が拡大していることが明らかになりました」と中南教授。教授らは、USA300以外にも海外で流行している多様なPVL陽性MRSAクローンを検出。日本各地に海外から様々なPVL陽性MRSAクローンが入ってきていることを明らかにした。

「さらには検出した各種PVL陽性MRSAについて抗菌薬の有効性を調べた結果、既存の抗MRSA薬以外に、市中のクリニックでも使いやすいminocycline(ミノサイクリン)が有効であることがわかりました」。こうした最新情報を、検体を提供した病院・クリニックにフィードバックし、適切な治療や感染拡大防止に役立てることも欠かさない。2021年6月より、「MRSA感染症の治療ガイドライン」の作成委員に任命された。今後はガイドラインを常に最新の情報にアップデートするという。

2021年、国立感染症研究所の薬剤耐性研究センターが主導するAMED(国立研究開発法人日本医療研究開発機構)の事業に参画し、新たなMRSA研究をスタートさせた。今後47都道府県すべてを網羅した大規模な皮膚感染症の流行調査を行っていく。

新型コロナウイルスの予防・治療を目指しウイルス研究に着手

「新型コロナウイルス感染症が拡大する中、感染症研究者として予防・治療に貢献しなければならない」。その使命感から中南教授は新たにウイルスの研究にも着手している。細菌を専門とする教授にとって、ウイルスはチャレンジングなテーマとなる。

すでに武漢株の培養・実験を始めており、イギリス型、ブラジル型、南アフリカ型の変異株も入手。今後、各ウイルスについて薬剤の有効性評価を行っていく。既存の薬剤に加え、学内外の研究室で合成される新たな化合物についても評価し、いち早い新薬開発に貢献していくという。薬学に関わる多くの研究者が結集していることに加え、高度なバイオセーフティの施設を有する東京薬科大学の強みを最大限に生かし、世界が直面する感染症への対抗策の究明に挑む。