CERT06植物・天然物

植物から
がん細胞の増殖を阻む
創薬のシード化合物を
見つけ出す

1万3000種の植物抽出物から
HBO1の発現を抑制する化合物を探索

人は太古から植物を薬として用いてきた。有機合成化学が進歩した現代でも植物から多くの薬が創られている。「自然が作る複雑でユニークな化学構造を持つ化合物を見つけられることが天然物化学の魅力です。天然物化学は伝承医学や民間療法から現代化学への架け橋になり、創薬のプロセスにおいてシード化合物を見出す学問であると考えています」。そう語る尹 永淑助教は、生薬やハーブなどの高等植物から新しい生物活性を持つ化合物を見つけ出し、創薬につなげる研究を行っている。最近注力しているのが、ヒストンアセチル化酵素HBO1(Histone Acetyltransferase Binding to ORC1)の研究である。

ヒストンのアセチル化は遺伝子の発現を促進することが知られており、中でもHBO1は前立腺がんや膀胱がん、乳がんの腫瘍細胞で高発現することが報告されている。そこに着目した尹助教は、HBO1の発現を抑制できれば、新たな作用メカニズムの抗がん剤を作れるのではないかと考えた。そこで筑波薬用植物資源センターから提供された約1万3000種の植物エキスをスクリーニングし、HBO1の発現を抑制する天然化合物の探索を試みた。

HBO1遺伝子の転写調節部分にレポータープラスミドを導入し、ヒト乳腺がんに由来するMCF7細胞株を使い、発光酵素のルシフェラーゼを指標としてスクリーニングを行った。最終的にルシフェラーゼ活性の抑制を示した2種類の植物エキスを特定し、その一つがアオガンピ(Wikstroemia retusa)であった。

アオガンピはジンチョウゲ科に属し、主に南西諸島や台湾などに自生する低木である。尹助教は、アオガンビの葉、枝、芯材をそれぞれメタノールで抽出し、分離・精製を行い、10種類の化合物を単離した。そのうち芯材から単離した化合物(10)は新規化合物であると判明し、Retusone Aと名づけた。

「続いて単離した10種類の化合物についてHBO1プロモーターに対する活性阻害を調べたところ、6つの化合物がプロモーター活性を阻害しました。そのうち十分に量を確保できる5つの化合物については、MCF7細胞における内在性HBO1のタンパク質の発現レベルの減少と細胞増殖の抑制が確認されました」と言う。

今後はアオガンビから単離した化合物が正常細胞への影響の確認や動物実験に対する効果の検証を通じて抗がん剤のシード化合物としての有用性を研究していくことになる。

フクギの葉からヒトの単球性白血病細胞の
増殖を抑制する化合物を発見

フクギ

また尹助教は近年、フクギ(Garcinia subelliptica)というテリハボク科の常緑高木にも関心を持っている。「フクギはフィリピンや台湾の亜熱帯地域に自生し、日本では沖縄県で植栽されています。抗酸化作用や抗炎症作用を示す化合物が含まれていることから、他にもおもしろい生物活性を示す化合物があるのではないかと期待して研究を始めました」と言う。

尹助教はフクギの葉をメタノール抽出したエキスから、種々のシリカゲルカラムクロマトグラフィーを用いて分離・精製を重ね、10種類の化合物を単離することに成功した。続いてNMR解析や質量分析などで構造を決定し、そのうち2つが新規化合物(化合物6、9)であることを明らかにした。

次に10種類の化合物について、ヒト急性単球性白血病細胞の一つであるTHP-1を用いて細胞毒性を調べた。有意な細胞毒性を示したのは、化合物5のガルシニエリプトンG(Garcinielliptone G)であった。尹助教はこの化合物5がどのようにTHP-1を細胞死に至らしめるのか、そのメカニズムも検討した。細胞死に導く作用メカニズムがわかれば、それをターゲットとした薬の開発につながるからである。

「アポトーシスが誘導される要因には、細胞ストレスや DNA損傷などによる内因性と外部からの刺激による外因性の2つがあります。ガルシニエリプトンGでは、カスパーゼ3の活性化とともにcleaved-PARPタンパク質レベルの増加、さらにプロカスパーゼ9発現低下が見られました。これらから内因性経路を経てアポトーシスを誘導することが示唆されたといえます」と尹助教は言う。今後のさらなる研究によってガルシニエリプトンG(5)が白血病治療薬の有力な候補になると期待される。

国内栽培化を目指した生薬研究

マオウ

さらに現在、麻黄(マオウ)についても成分研究を行っている。マオウは、マオウ(Ephedraceae)科の地下茎を乾燥した生薬で、『日本薬局方』には"Ephedra sinica"、"Ephedra intermedia"および"Ephedra equisetina"の3種が規定されている。マオウは麻黄湯や葛根湯といった漢方の原料に用いられているが、そのほとんどが中国からの輸入に頼っているのが現状で、様々な事情で供給が不安定であるため、国内での安定供給が求められているという。そこでAMEDのプロジェクトの一環として、ネパール産マオウから主な薬用成分であるエフェドリン(Ephedrine)以外のポリフェノールを単離した。『日本薬局方』に規定が記載されていない生薬の成分研究を進めている。

投稿日:2023年06月16日
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