衛生化学・環境

胎児の健やかな発育
悪影響を与える
化学物質を探る

先天異常発生の原因はいまだわかっていない

医療技術が進んだ現代にあっても、妊娠・出産が母子にとって大きなリスクを伴うものである事実は変わっていない。先天異常の自然発生率は2~3%、自然流産率は15%にのぼるといわれている。

先天異常が発生する原因は、一部の遺伝子異常や環境要因を除いて、大部分はいまだ明らかになっていない。その中で環境要因として指摘されているものには、母体の感染症や疾病の他、栄養状態、生活習慣、薬物や化学物質、放射線の曝露などがあると考えられている。山折 大教授は、とりわけ妊娠中に曝露する可能性のある化学物質に着目し、その安全性評価と適正使用に向けた研究に取り組んでいる。

NSAIDs貼付剤の添付文書から胎児毒性に関する記載を調査

「妊娠(受精)後、重要な器官が形成されていく4週目以降は、催奇形性に対する感受性が非常に高くなります。この時期に化学物質に曝されると、先天異常(奇形)のリスクが高まるため、注意が必要です」と説明した山折教授。医薬品の中にも、母親が服用した場合に胎盤を通じて胎児に有害な作用を及ぼすものがあるという。中でも山折教授が注目したのは、非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)だ。「これは広く使われている解熱・鎮痛薬ですが、胎児毒性があり、妊娠後期に用いると、胎児の動脈管の収縮を引き起こすことが知られています」と語る。

出生前に動脈管が収縮・閉鎖すると、肺動脈や心臓に大きな負荷がかかり、胎児水腫や胎児死亡などの原因になる。そのため2014年には、厚生労働省が妊娠後期の女性に対し、NSAIDsの一つであるケトプロフェン貼付剤の使用を「禁忌」とした。

「もちろんケトプロフェン以外のNSAIDsにも、胎児動脈管収縮の危険はあります。しかしそれらがどのように扱われているのか、専門家の間にも共通認識がありませんでした」。そこに問題意識を持った山折教授は、薬剤師を含めた研究グループで、医療用および一般用NSAIDs貼付剤の添付文書にどのような情報が記載されているのか、調査を行った。

ジクロフェナクやフェルビナク、インドメタシン、ロキソプロフェンなど、NSAIDs貼付剤を網羅的に調査した結果、妊娠後期の女性の使用を禁じる「禁忌」として明確に記載されているものの他、「治療上の有益性が危険性を上回ると判断される場合にのみ使用」と注意事項が記載されたもの、さらにはまったく記載のないものもあり、記載内容は必ずしも統一されていないことが明らかになった。「特に懸念されるのが、『禁忌』と明示がない貼付剤の中に、薬剤師のいないドラッグストアなどでも購入できる第2類医薬品が含まれていることです。一般消費者が知らずに購入し、妊婦が使って胎児毒性が発生してしまうかもしれません」と指摘した山折教授。薬剤師や医療関係者をはじめ専門家にこうした事実を周知し、注意を喚起する意味でも、山折教授らの研究は重要なインパクトがあった。

ヒト胎児肝細胞を用いて化学物質の影響を評価

また山折教授は、化学物質の曝露が胎児に及ぼす影響評価も行っている。力点を置くのは、ヒト胎児由来の組織や細胞を用いることだ。「既存の研究では、実験動物を使った評価が多数を占めています。しかし化学物質に対する胎児の感受性は動物種によって差があり、実験動物による評価が必ずしもヒトに当てはまるとは限りません。また、胎児の肝臓には、成人とは異なる種類の薬物代謝酵素が発現していることもわかっています」と、ヒト胎児由来の細胞を用いる重要性を語る。

最近の成果の一つに、ヒト胎児肝細胞を用いて薬物代謝酵素の発現に対する化学物質の影響を検討した研究がある。調べた化学物質は、抗がん薬や抗てんかん薬から、たばこや紫煙、妊婦への投与が禁忌とされている薬物まで、胎児毒性が疑われている成分を中心に58種類に及ぶ。

「ヒト胎児肝細胞に各試験化合物を曝露し、シトクロムP450(CYP)、エポキシドヒドロラーゼ、グルタチオンS-転移酵素、硫酸転移酵素(SULT)といった胎児肝臓に発現する薬物代謝酵素の発現変動を調べました。全58種類の中でひと際目を引いたのが、デキサメタゾンという副腎皮質ステロイド薬です。これでは、胎児にしか存在しないCYP3A7、およびSULT1E1が極めて高い割合で発現誘導されることがわかりました」と言う。

さらなる実験で、デキサメタゾンによるSULT1E1の発現のメカニズムの一端も明らかになった。つまりデキサメタゾンはグルココルチコイド受容体を介してSULT1E1の発現を誘導していることがわかったのだ。「SULT1E1は妊娠中の女性ホルモンの不活性化に関与しています。つまりデキサメタゾンが、胎児の性ホルモンバランスを変化させ、胎児の成長に影響を及ぼす可能性が示唆されたといえます」

今後残りの化学物質に関しても、応答性や薬物代謝酵素の生理機能、生体防御機能のメカニズムを明らかにしていくという。山折教授の研究が、安全で健やかな妊娠・出産の一端を支える知見となる。

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