衛生化学・環境

生命科学の進化を支える
新しい分析技術を
開発する

生命現象を捉える新たな分析技術を研究

化学的に見ると、人間の身体は元素の集合体である。生命の営みは化学反応の連鎖によって成り立っており、この連携が妨げられると、病気などの問題が発生する。「身体を構成する物質をすべて突き止め、その関係を解明できれば、病気の治療に生かせるだけでなく、生命の本質に迫ることも可能になります」。そう語る梅村知也教授は、生体内に存在する物質を網羅的に捉え、その全容を明らかにしようとする「オミックス(omics)」、中でも金属元素やアミノ酸、脂質といった低分子量成分に焦点を当てた「メタロミクス」、「メタボロミクス」の研究に力を注いでいる。

いまだその存在さえつかめていない物質やその関係を探るためには、それを捉え・分析する新たな装置や手法が必要になる。その一つとして梅村教授が取り組むのが、病気などの診断技術の開発だ。低侵襲・非侵襲、また心理的にも負担の少ない検査法を目指し、わずか一滴の血液や尿で病気を早期に見つけられる分析法の開発や、健康状態を反映する新たな生体試料の探索を行っている。

細胞を一つずつ操作し分析するツールの開発

「生命現象を理解するには、一細胞ずつ個別に分析できる技術の開発が不可欠です」と言う梅村教授は、細胞、さらにはその中身の分子をトラップするナノ-マイクロサイズのハンドリング・サンプリング技術・ツールの開発に取り組んでいる。「例えば、がん組織も正常な細胞を含めた多様な細胞から成っています。組織を構成する細胞を一つずつ分析できれば、得られる情報は飛躍的に向上するはずです」。しかしヒトの細胞は直径10μmほど。しかも、そこに含まれている目的の成分はほんのわずかしかない。「DNAのようにコピーを作って増やせればいいのですが、残念ながら、我々が分析対象とする成分では、それができないのです」と語る。

そこで梅村教授が考えたのは、細胞を一つずつトラップし、観察しながら誘導結合プラズマ質量分析計(ICP-MS)に送り届ける方法だ。ICP-MSは、最も高感度な元素分析法の一つで、6000℃もの高温のアルゴンプラズマで試料成分を原子化・イオン化して検出するものだ。装置開発を目指し、現在二つの方法を検討している。

1細胞分析用レーザーアブレーションシステム

「一つ目は、碁盤の目状に並べた微小な部屋に細胞をばらまき、その上から強力なレーザー光を当てて粉砕し、微粒子片をICP-MSへ輸送するというものです」。まず半導体微細加工で用いられるエッチング技術を用い、シリコンウエハ上に深さ20μm、直径30~50μmのくぼみを多数設けたウェルプレートを作製。次に細胞をそのウェルに落とし込み、すすぎ洗いも可能な細胞導入用のアプリケーターを自作した。一方で、レーザー光を逐次照射する専用のアブレーション装置を試作。装置には、観察可能なカメラが据え付けられている。ウェルプレートに捕捉された細胞に、上からレーザー光を照射して一細胞ずつ粉砕し、ガス流でアルゴンプラズマに送達することで、一細胞ずつの分析を可能にした。単細胞性緑藻を用いて細胞導入を試みたところ、直径30μmのウェルのトラッピングプレートを用いた場合、80%以上の割合で細胞を導入できることを確かめた。

二つ目に、「細胞を懸濁液と見なし、そのままICP-MSに送液できないか」という発想で開発したのが、細胞を等間隔・一列に並べ、送液するデバイスだ。ガラス基板上に内径27μm、深さ52μmという細胞一つが通れる程度の微細流路を作製。シリンジポンプで少し押してやると、その流路内を細胞がアルゴンプラズマに向かって進んでいく。「しかし直線の流路だけでは細胞の間隔がバラバラになり、導入が安定しません。そこで流路構成を検討し、ICP-MS注入口付近に、シース液を流す別フローを設けることで、細胞を等間隔に整列させることに成功しました」。こちらも単細胞性緑藻を用いた評価により、高確率で細胞をアルゴンプラズマに導入できることを確かめている。現在は、ヒトの培養細胞でも可能なハンドリング条件を探っているという。

1細胞配列用マイクロ流体デバイスの概念図

分子の分離・検出を可能にする酸化亜鉛ナノワイヤ

酸化亜鉛ナノワイヤプレート(上は血中薬物分析用のマルチウェルプレート、下は指先での健康診断用のプレート)

最新の研究で梅村教授が着目するのが、酸化亜鉛ナノワイヤだ。これを使って細胞内の成分を分離・検出するシステムの開発に挑戦している。

「硝酸亜鉛やヘキサメチレンテトラミンなど数種類の化学物質を混ぜただけの溶液に、約100℃の条件下でガラス基板を浸けると、その基板上に剣山のようなナノワイヤが成長してくることがわかっています。そこで溶液や温度などの条件を検討し、直径100nm、高さ5μmのナノワイヤが100nmの間隔で成長するように設計しました」。このサイズは、ウイルスや分子を分けるのにちょうどよく、酸化亜鉛ナノワイヤの生えたプレートに細胞の内液を滴下すれば、細胞内の分子を分離する新しいデバイスとなり得るという。

また「この酸化亜鉛ナノワイヤは、細胞内の成分を分離するだけでなく、検出の場としても活用できます」と梅村教授。「レーザー光を照射し、光を吸収した酸化亜鉛から発生した熱で、分離した成分を気化させ、あと少し秘密の成分を加えるとイオン化します。つまり分離と検出の場を一体化した夢の分離分析システムを作れるわけです」

さらにこうしたナノワイヤ、あるいはナノ粒子を低侵襲の検査・診断ツールとして活用する可能性も探っている。スライドガラス表面に金属や金属酸化物のナノ粒子を特殊加工したプレートを作製。そこに指を押し付け、指から染み出た成分を分析し、薬物の簡易検査や健康状態の診断を行おうというのだ。指の先サイズのスペースで、脂質や薬剤の分離・検出に成功している。

「10年先、20年先のスタンダードになる分析法の開発を目指しています」。梅村教授はそう力を込めた。

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