学生によるサイエンスコミュニケーション

がん細胞増殖の新たな仕組みの発見から創薬へ

細胞情報科学研究室(分子生命科学科)
写真 左:伊藤昭博教授、右:関根 咲彩さん(修士1年)

がん細胞の増殖を促すTEADタンパク質に起こる翻訳後修飾は、TEADと協働するYAPタンパク質との結合をより強固にし、がん細胞の増殖に寄与する。この仕組みを発見した伊藤昭博教授と、この発見から抗がん剤開発を目指す修士1年の関根咲彩さんに話を聞きました。

「正常細胞とがん細胞の違いは何か」と聞かれたら、皆さんは何と答えますか? まず大きな違いは、増殖の仕方です。正常細胞は他の細胞と接したら増殖を停止しますが、がん細胞は制限なく増殖します。では、がん細胞はなぜ、増殖し続けるのでしょうか。 細胞情報科学研究室の伊藤教授たちは、がん細胞の増殖を促す転写因子TEADのリジン残基にミリスチン酸などの長鎖脂肪酸が付加(アシル化)されること、その結果、TEADの転写活性に必要な転写共役因子であるYAPとの結合がより強固になり、TEADの活性が増強されてがん細胞が増殖することを見いだしました。 そこで同研究室では、「TEADとYAPの結合を阻害する小分子」が抗がん剤候補となると考え、そうした化合物の探索を進めています。

TEAD の修飾は外せるのですか?

伊藤:TEADと同種の修飾を受けるタンパク質では、修飾を外す酵素が見つかっていますが、TEADではまだ見つかっていません。私たちがTEADの修飾安定性を確かめる実験を行ったところ、安定性が極めて高かったので、TEADの修飾を外す酵素は存在しない、もしくは存在しても効果が小さいか、ある特定の条件下でのみ働くのではないかと考えています。

従来の抗がん剤は正常細胞にも作用するため、脱毛などの激しい副作用を伴います。

伊藤:YAP‒TEAD結合阻害剤はいわゆる分子標的薬なので、従来の抗がん剤よりも副作用が少ないことが期待されます。ただし、YAP–TEAD結合を阻害することで生じる影響も検討が必要です。

関根さんは、なぜこのテーマを選んだのですか?

関根:これまでの経験から、創薬の中でも特に抗がん剤開発に携わりたかったからです。また、創薬研究がどのように進展していくかにも興味がありました。

この研究の魅力は何でしょう?

関根:私は難治性のがんに対する抗がん剤の開発を目指しています。うまくいかないことばかりですが、私の研究が新たな治療薬につながり、難治性のがん患者さんを救える可能性があると考えると、非常にやりがいを感じます。

高校生のときに想像していた研究室と、実際とのギャップはありますか?

関根:漠然と「研究は難しそう」「個々で黙々と取り組むもの」と思っていました。しかし、今いる研究室も外研先の理化学研究所も、アットホームな雰囲気で相談もしやすく、多くの人に助けてもらいながら研究に取り組んでいます。

高校生のときの経験で、研究の役に立っていることはありますか?

関根:高校時代に身につけた知識です。研究の意義や実験操作の原理を理解する上で、役に立っています。

ありがとうございました。

 

※本記事は授業「生命科学ゼミナールⅡ(サイエンスコミュニケーション入門)」の一環として、 学生が取材、執筆を行いました。