学生によるサイエンスコミュニケーション

未来を生かす思考法
知識をもとに正しく思考する

SMALL TALK about SCIENCE

「君たちは1万年後の未来を想像できますか。」


ジャーナリストであり評論家の立花隆氏は、授業で小学校6 年生にこう問うた。『立花隆の「宇宙教室」:「正しく思考する技術」を磨く』 (立花隆/岩田陽子, 日本実業出版社, 2007)にこの授業の様子が収録されている。太陽系外惑星や人工衛星などのような、小学校のカリキュラムをはるかに超えた内容を事前学習で学んだ子供たちとはいえ、1万年先という果てしない時間を前に思考が停止する。


見かねた立花氏と小学校の先生は、現在の科学技術や社会状況から考えて、10 年後、50 年後、100 年後はどうなっていそうかと思考を積み重ねていき、最終的に1万年後の未来を想像する「積み上げ式」思考法を提案した。「火星に移住する」、「人工太陽を造る」などの答えが絞り出されたが、具体性に欠けるため議論が深まらない。おそらく大人で試しても、同じような答えしか出てこないだろう。ヒントであるはずの現在の科学技術や社会状況が、アイディアに制限をかけてしまうのだ。


そこで試したのが、「ビジョン式」の思考法だ。出発点を現在に設定する「積み上げ式」とは異なり、「1万年後の未来はどうなっていてほしいのか」を最初に想像し、その未来を達成するためには1000 年後、100 年後、50 年後、10 年後までに何ができていないといけないのかを逆算して考える。


子供たちは、「ビジョン式」思考法によって徐々に現在の常識から解き放たれたことで、「ドラえもんがいたらいいな。」や「太陽系外惑星に簡単に行けるようなワープ技術があればいいな。」などの夢を自由に語れるようになり、「人工太陽を造る」という目標は、「地球と太陽の近くに半径約8万㎞(木星くらいの大きさ)の人工太陽を造る」という具体的なものに変化した。立花氏や授業に関わった大人をさらに驚かせたのは、子供たちが数字と科学的根拠を交えた以下のような計画を発案したことだった。これは、子供たちが積極的に分からない点を立花氏に質問したり自ら調べたりした成果である。


「1000 年後までに実物の1/40ほどの実験用人工太陽を造ることを目標に、50 年後までには「宇宙税」を各国で導入して、実験用人工太陽を造るための資金集めを開始する必要があると思います。宇宙税が導入されて50 年が経った100 年後までには、資金集めを続行しつつ、必要な知識を集めなければならないと考えました。」


子供でも大人でも、1万年後という果てしなく遠い未来をいきなり思い浮かべることは不可能に近い。しかし、現在の科学技術や社会状況という制限をなくして未来を思い浮かべた時、未来の理想像は格段に拡がる。また、逆算によって理想像を実現する方法を導き出すと、不足している知識や今ある課題に気付くことができる。子供たちは、教育課程をはるかに超えた内容の授業を受け、自分たちでも積極的に情報収集して知識を得たことで、理想像とその実現方法を具体的にイメージできるまでに成長した。


1万年後を生きる私たちの子孫が幸せに暮らすためには何をするべきだろう。難しいと感じることの多い科学を、少しでも身近に感じられるように伝えていきたいという私の決意を紹介して筆をおく。