名誉教授コラム

チャールズ・ダーウィンはかく語りき:自然選択による生物の進化

山岸明彦
Portret van Charles Darwin, Paul Adolphe Rajon, after Walter William Ouless, c. 1882

「種の起源」初版本

チャールズ・ダーウィンの「種の起源」という本の名前を聞いたことの無い人は少ないとおもうが、読んだことのある人も少ないかも知れない。この本は何回か日本語訳され、解説書も多数出版されている。中にはマンガの解説書もある。ダーウィンは「種の起源」でどんな事を言ったのだろう。

ダーウィンの「種の起源」初版本が東京薬科大学の図書館書庫に収蔵されている。特別な場合を除いて、この本の現物を見ることはできないが、この本のすべてのページが撮影されて右記のURL(https://lib-news.toyaku.ac.jp/book/kikobon/species/)から読む事ができる。上の写真はその一部(肖像画を除く)である。

 

ダーウィンはなんと書いたか

さて、それでは「種の起源」でダーウィンはなんと書いたのか。「種の起源」の本文は全部で490ページ。この本でダーウィンは生物進化に関する様々なことを検討している。そして、この本のエッセンスは序章のなかで10行にまとめられている。それを訳すと次の様になる。

「生存可能な数よりも多くの子孫がそれぞれの種からうまれる。そのため、生存のための競争が頻繁に繰り返される。その結果、複雑な時々変化する生存条件の中で、もしほんの少しでも何らかの点で有利であるような個体があると、その個体にはより大きな生存の機会が生じ、その結果、その個体は自然によって選択されることになる。強力な遺伝のしくみにより、選択された個体のもつ変化した新しい性質は広がっていくことになる。」[Darwin, C. 1859, p. 5, On the origin of species, 1st ed. 訳文は山岸明彦著 アストロバイオロジー 149ページ 2016年 丸善出版(下線部は原文では斜字体)]

まず、ここでダーウィンはたくさんの生物個体からなる集団の事を考えていることがわかる。そしてその集団の個体間には違いがある。すると、複雑な生存条件の中で少しでも有利な個体があると、その個体にはより大きな生存の機会が生じ、自然によって選択されるというわけである。

ここで自然によって選択されるのは、世間で使われる「弱肉強食」などというような言葉とは無縁な、「少しでも何らかの点で有利であるような個体」である。

つまり、生存条件の中で有利ということは、強い個体とは限らない。環境によっては、動かない個体の方が有利であるかもしれない。環境によっては早く走る個体が有利かも知れない。環境によっては素早く土の中に潜る個体が有利かも知れない。その生存条件の中で有利な個体の生存する確率が高くなるという事である。

その生存条件は固定されたものではない。生存条件は時々変化するので、それに対応して変化した個体が選択されることになる。

さらに、その選択は確率的なものなので、個々の個体が選ばれるかどうかには偶然の要素が入り、最適者が必ず選ばれるわけでもない。確率的な選択によって生存条件に適応した性質が選ばれていくことになる。これが、チャールズ・ダーウィンが「種の起源」で書いた自然選択のエッセンスである。

 

生物学の第一原理

1953年ワトソンとクリックによるDNAの二重らせん構造の発見から、分子生物学が大きく発展した。それまで全く不明であった遺伝の仕組みが分子生物学によって明らかになった。個々の遺伝子の情報はタンパク質を介して表現されることが明らとなった。

遺伝の仕組みの基本的部分はすべての生物に共通している。しかし、遺伝の仕組みの詳細は生き物によって異なっている。例えば、多くの生き物の遺伝情報はDNAに記録されているが、遺伝情報の記録はDNAである必要はないし、RNAであってもよい。そのどちらでも無い遺伝情報分子も人工的に作製されている。遺伝の仕組みにはいろいろな方法がありうることがわかる。

分子生物学の発展によって、進化に関しても様々なことが明らかになってきた。そこから「自然選択による進化」は、生物の共通原理であることが明らかとなってきている。これまで「自然選択による進化」から外れる生き物は見つかっていない。我々人類も生物の一種なので、生物の第一原理「自然選択による進化」にしたがっている。

ダーウィンが何を言ったのか。「種の起源」の初版本で10行に収まってしまう英文を読んでみて欲しい。

 

As many more individuals of each species are born than can possibly survive; and as, consequently, there is a frequently recurring struggle for existence, it follows that any being, if it vary however slightly in any manner profitable to itself, under the complex and sometimes varying conditions of life, will have a better chance of surviving, and thus be naturally selected. From the strong principle of inheritance, any selected variety will tend to propagate its new and modified form.

 

(3/12 本連載は12回連続となります。)