名誉教授コラム

おとなの童話:おや指族と10本指族

山岸 明彦
 

地球から3000光年ほど離れたあるG型星(太陽と同じ様な白色の星)の、丁度良い半径の軌道に、液体の水をもつ惑星が回っています。もしその惑星に知的生命がいれば、知的生命は電波を使って交信している可能性があります。その惑星から3000年ほど前に宇宙空間に漏れ出た電波があれば、その電波は現在の地球に届くことになります。3000年ほど前にその惑星から漏れ出た電波を、大型の電波望遠鏡で受信して解析した結果が報告されました。

その惑星に住む人々は、地球の人間にそっくりでした。人々は2本の足で歩き、腕も2本あります。頭が身体の一番上にあり、頭には2つの眼と鼻、口があり、頭の両側には耳も付いています。頭に髪の毛がある人と無い人がいます。髪の毛がある人では、髪の毛の色は様々で、黒と白はもちろん、茶色、金色、赤、ピンク、緑、紫、さらにこれらの色のありとあらゆる組み合わせがあります。

彼らの住む家には、必要な物が必要に応じてすべて自動的に補給されます。それまでと違う種類の物が欲しい時には、例えば「アレクサ(AIの名前)、今度のアイスクリームはラムレーズンにしておいて」と言うと、まもなく冷凍庫にラムレーズンのアイスクリームが補給されます。(その惑星にホントにラムレーズンがあるかどうかは分かっていません)。様々な物は、道路の地下を通る高速自動配送システムで各戸に配送されて、地下の搬入口から適切な温度の貯蔵庫に搬入されます。

エネルギーは、全てその惑星の太陽由来です。惑星を取り巻く太陽電池の帯が惑星の静止軌道に設置されています。太陽電池で得られた電力はマイクロ波で地上に送られます。この太陽電池は宇宙エレベータで建造されました。

宇宙エレベーターというのは、静止軌道上に設置された宇宙施設と地上の基地をケーブル(ナノチューブを束ねた物)で繋ぎ、ケーブルをつたってエレベータを動かす仕組みです。現在の地球のロケットはその重さの大部分が燃料で、燃料を持ち上げるために燃料の大部分が使われます。それに比べて宇宙エレベーターは、物を持ち上げるためにエネルギーの大部分を使うことができます。

食料は地球と同じ様に穀類(植物の種子)と植物の根や茎、葉、果実などですが、これらはいずれも環境条件を制御された屋内施設で栽培されています。植物の葉の色は緑ですが、葉の形はなんとなく地球の植物と異なっています。肉類もあるのですが、それらは植物タンパク質由来か、培養された動物細胞由来です。家畜はもう動物保護園でしか見ることができません。

すべての作業がロボット(ヒト型とそれぞれの作業に適した形状の両方)によって行われているので、その惑星の人々は働かなくても生活できる様です。ロボットもロボットが製造しています。

彼らの体つきは地球の人間にそっくりなのですが、手の指だけが違っています。おや指と人差し指は動くのですが、残りの指はほとんど動かなくなっています。手を使うのは物を食べるときだけなので、それで良い様です。彼らが地球の東洋人の様に2本の箸を使うのは難しいと思いますが、食べ物を食べる時にはスプーンやフォークを使えば良いので特に問題はありません。彼らはおや指族と呼ばれています。

彼らの住む地域から少し離れた地域に、おや指族に比べて人数は少ないのですが、別の種族が住む地域があります。この種属の姿格好はおや指族とほとんど同じですが、その指は10本とも良く動きます。この種属は10本指族とよばれています。

おや指族と10本指族はほとんど同じ言語を話しますが、語彙数が大きく異なっています。10本指族は平均して、おや指族の10倍以上の語彙を日常会話で使っています。おや指族もおや指族特有の単語を使っています。したがって、10本指族とおや指族が同じ言語でも、相互に理解するのは難しいという状況が生まれています。

キーボードを操作して文字を入力する時には10本の指を使います。しかし、その惑星ではもう文字を入力することはほとんどありません。文字を読むだけ、文字を読む事すら減って、文字を端末に読み上げてもらうのが普通です。10本指族も同じなのですが、10本指族の子供達は中等教育から高等教育までキーボードを使った教育を受けています。

昔、知識労働と呼ばれた仕事、つまり政府や法律、会計、会社の管理運営、医療、教育などの仕事も、ほとんどがAIかそれに指示されたロボットによって行われています。それでもまだ知識労働に携わる人達がいます。ただし彼らの仕事も、AIの提案に「それで良い」というだけの仕事になっています。それでもたまには「ウン?」とか「エ?」とか言って、AIの追加説明や他の方法の提案をもとめることはありますが、自分で文字を入力することはほとんどありません。つまり知識労働でも10本の指を使うことはまずないのですが、今もなぜか10本指族がこうした仕事に就く場合が多い様です。

大学と研究所、シンクタンクでは、様々な研究が行われています。AIが提案する研究課題に、研究者が「それで良い」と言えば、その研究課題の解決策をAIが考えてくれます。AIは必要な装置を使って、測定や観測、観察を行い、得られた情報を分析して、データを惑星のAIネットワークに公開します。

研究者達も10本の指を使うことはまずないのですが、研究機関にはなぜか10本指族が多い様です。もっとも、これが差別に当たるかどうかを判断するためのAI計算が、惑星各地のAIセンターによって行われています。差別に当たるかどうかを裁定するために、まもなく惑星各地のAIセンターによる投票が実施される予定です。

投稿日:2024年12月03日
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