小胞輸送機構を乗っ取り感染するレジオネラ
私たちの身の回りには多くの微生物が存在している。その中にはヒトの体内に入り、感染症を引き起こす病原体もいる。レジオネラもそうした病原細菌の一種である。
レジオネラは、淡水や土壌など自然界のさまざまな環境に生息しており、温泉、公衆浴場、加湿器など水を利用する環境で繁殖する。ヒトの体内に入ると細胞内で増殖し、免疫力の低い高齢者や乳幼児、病気の人の場合、重篤な肺炎を引き起こすことがある。その治療や予防に役立てるため、新崎恒平准教授は、レジオネラの細胞内での発症メカニズムを分子レベルで解明しようとしている。
「通常、体内に侵入した病原体はマクロファージとよばれる食細胞にファゴサイトーシス(食作用)といわれる経路を通じて取り込まれ、リソソームに運ばれ分解されます。ところがレジオネラは細胞内に侵入後、リソソームへの輸送を阻むばかりか、宿主細胞の小胞輸送システムを乗っ取る能力を備えています」と新崎准教授は解説する。准教授によると、ヒトを含めた真核生物の細胞は「小胞輸送」というシステムを持っており、細胞内で作られた酵素などのタンパク質を小胞に包み、ゴルジ体といった細胞小器官(オルガネラ)に運搬する。「レジオネラは細胞内に入ると、(Legionella-containing vacuole:LCV)とよばれる特殊な膜構造を形成し、リソソームへの輸送を遮断します。さらにLCVは、宿主細胞の小胞体から出芽した輸送小胞(ER小胞)を取り込み、膜組成をゴルジ体などと似た構造に変換することによって小胞体と融合します。そして、最終的にレジオネラは小胞体内で増殖することができます」。
これまでの研究で、レジオネラは原始的な原核生物でありながら、宿主細胞内で生存するための驚くべき機構を備えていることが明らかになっている。感染過程で重要な役割を果たしているのが、「レジオネラエフェクター」といわれるレジオネラが合成するタンパク質だ。「レジオネラは分泌装置を持っており、300を超えるレジオネラエフェクタータンパク質を感染細胞に放出し、宿主小胞輸送経路を操作しています」と新崎准教授。通常細胞では、ER小胞はゴルジ体へと輸送されるが、この過程で重要な役割を担っている分子がRab1である。Rab1はER小胞を目的地へと誘導する機能をもっているが、レジオネラはRab1をLCVへと供給することでLCVへのER小胞の取り込みを制御している。また、レジオネラは様々なレジオネラエフェクターを用いてRab1の機能を制御する。つまり、レジオネラは自らのエフェクタータンパク質を自在に使い分けることによって巧妙に小胞輸送機構を制御し、感染を成立させているのだ。
小胞輸送過程を操作する新しい仕組みを解明
レジオネラの感染経路には、いまだ不明な点が多く残されている。ER小胞を取り込んだLCVがどのように小胞体に向かうかも、わからないことの一つだった。それを解明したのが、新崎准教授だ。
「細胞内の小胞輸送にはRabとよばれる宿主細胞のタンパク質が重要な役割を担っていますが、中でも小胞体に向かう輸送に寄与するのがRab6とRab33です」。新崎准教授は、Rab6とRab33の機能を阻害した細胞では、LCVの小胞体への輸送が遅延し、細胞内での増殖が抑制されたことを確かめ、LCVが小胞体に輸送される過程にRab6とRab33が利用されていることを明らかにした。またレジオネラが細胞内に入った初期段階でLCVのリソソームへの輸送が遮断される機構も、いまだわかっていない。新崎准教授は、この遮断に関与する決定的な因子も突き止めようとしている。
レジオネラの研究から発見
シンタキシン17の新たな機能
さらに新崎准教授は、「レジオネラの研究をする中で、極めて興味深い発見をした」として、SNAREタンパク質の一つであるシンタキシン17(Syntaxin17:Stx17)がレジオネラ感染によって分解されることを見出した。そして、レジオネラがStx17を分解する理由としてオートファジー(細胞内寄生菌の排除)やアポトーシス(細胞死)といった宿主防御機構からの回避を行っていることを明らかにした。
「レジオネラが感染している細胞で、Stx17が分解されていることに気づいたのが最初です。一方、レジオネラエフェクタータンパク質が放出できない変異株はStx17が分解できないことから、Stx17の分解を担う何らかのエフェクタータンパク質があると推定しました」と新崎准教授。そこで、レジオネラの変異株を用いた感染実験やStx17の分解に寄与すると考えられるレジオネラエフェクターを細胞に導入する解析を通じて、Stx17分解の責任因子としてLpg1137というレジオネラエフェクターの存在を突き止めた。「Lpg1137はStx17を分解することで、オートファジーの初期段階から阻害していることがわかりました」。新崎准教授らはさらに、Lpg1137の発現がアポトーシスに与える影響も解析することで、Stx17にはオートファジーやミトコンドリア分裂制御に加え、アポトーシスの促進活性があることも発見した。今後はLpg1137がStx17を認識できる分子機構の解明も目指すという。
こうしてレジオネラの発症機構を詳らかにすることが、予防法や治療法の開発につながっていく。