CERT01大学と研究

死なない細胞と
生体模倣で
ヒト脳のバリア機能を再現!

ヒトに投与せずとも薬が脳まで
届くかわかる未来、さらにその先へ。

ヒトの「死なない」血液脳関門細胞を開発

生命にとって最も重要な器官である脳は、その高度な機能を守るため、血液脳関門(bloodbrain barrier, BBB)などの強固なバリア機能を備えている。しかしこの防御壁は、異物の侵入を防ぐだけでなく、脳に薬を送り届けるのも阻むため、これまで脳疾患の治療薬の開発は難しいとされてきた。この課題の解決に役立つ革新的な成果として、降幡知巳教授は、BBBの働きを再現するミクロサイズのヒト脳を開発し、世界に大きな驚きを与えている。

「血液脳関門(BBB)は、脳毛細血管内皮細胞からなり、その周りをペリサイトとアストロサイトが覆う独特の構造を持っています。これまで初代培養細胞を使ったBBBモデルが構築された例はありますが、ヒトのBBB 機能を反映し、かつ創薬で使えるほど簡便で大量に構築することができるモデルはありませんでした」と降幡教授は解説する。

一般に試験管(in vitro)での実験試料には生体機能を最も保持している初代培養細胞が使われるが、動物とは種差の問題があり、ヒト初代培養細胞は希少で実験のために大量に確保するのは難しい。そこで降幡教授が着目したのが、可逆的不死化細胞だ。不死化細胞とは、文字通り「死なない」細胞で、由来細胞の機能を保持しながら長期間にわたって細胞分裂を繰り返し、無限に増殖する。

しかしヒト不死化細胞を作るのは簡単ではない。動物の場合は、不死化遺伝子を導入したマウスなどから不死化細胞を樹立できるが、ヒトには動物と異なる細胞老化機構が備わっていて、 不死化しにくいため、この方法を適用できないからだ。

降幡教授は、ヒト初代培養細胞に不死化遺伝子を導入し、BBBの実体であるヒト不死化脳毛細血管内皮細胞を樹立する独自の手法を開発。同様にヒトペリサイト、ヒトアストロサイトの不死化も実現した。ここで着目したいのが不死化の可逆性だ。「一般に、分裂している細胞と、十分な大きさ・形に成熟した細胞の機能は異なります。つまり不死化細胞は増殖しているうちは、由来細胞の本来の機能を十分に発揮できないわけです。そこで私たちは、温度をトリガーとして不死化シグナルを解除する不死化遺伝子を初代培養細胞に導入しました。これにより樹立したヒト可逆的不死化細胞は、通常は絶えず増殖し続けますが、ある温度条件を与えると不死化シグナルが解除されて細胞分裂を止め、元に戻って細胞本来の機能を発現します。この温度を用いる方法は私達オリジナルの技術ではありません。しかし、単なる不死化細胞ではなく、高機能な可逆的ヒト不死化細胞を作成できるところに、私達の強みがあります」。降幡教授は、世界最高水準のヒト不死化細胞を作成できる世界でも一握りの研究者なのだ。

ヒトの脳に薬が届くかを調べられる
ヒト血液脳関門モデルを開発

降幡教授は、ヒト可逆的不死化脳毛細血管内皮細胞、ヒト可逆的不死化ペリサイト、ヒト可逆的不死化アストロサイトを樹立し、三つをヒトのBBBと同じ順序で配置して培養することでヒトBBBの再構築に成功。ヒト可逆的不死化細胞を用いることで、従来のモデルにはない圧倒的な汎用性(誰でも簡単に使える)と優れた機能の両方を実現するモデルを作り出した。実証実験によって、モデルが細胞間結合や薬物排出トランスポーターの発現と機能といった、ヒトBBBの特徴を有していることも確かめている。

さらに教授らは、アルツハイマー病治療薬のメマンチンや市販の睡眠導入剤として用いられるジフェンヒドラミンといった薬物をこのBBBモデルに導入し、BBBを突破するかどうかを判定する試験を実施。これらの薬物が脳に移行しやすいという結果を得た。加えて次世代の治療を担う高分子医薬に関する成果も得ている。「これにより、薬がヒト脳に届くか否か、すなわちヒトで効くかどうかを、ヒトに投与することなく、実験室レベルで評価できることが明らかになりました。このBBBモデルは際限なく作ることが可能なので、大量の候補薬の中から脳に到達できる薬物を探し出すスクリーニングや、試行錯誤を要する実験も可能になります」と降幡教授。世界でも類を見ないヒトBBBモデルは大きな注目を集め、国内外の研究機関や企業から問い合わせが相次いでいるという。

  • ヒト可逆的不死化
    脳毛細血管内皮細胞
  • ヒト可逆的不死化
    ペリサイト
  • ヒト可逆的不死化
    アストロサイト

治療法のなかった脳疾患を治すそんな未来を創る研究に挑む

また降幡教授は、このヒトBBBモデルを活用し、BBBを標的とした創薬に挑戦したいと考えている。治療薬はもちろん、脳に効果的に薬剤を届けるドラッグデリバリーシステムや新たな診断法の開発もその視野にある。これまでに無かったものを生み出したことで、これまで治療法の見つからなかった脳疾患を治せる革新的な新薬創出への希望が膨らむ。さらには患者に投与することなく実験室で薬が脳で効くかを予測することで、脳疾患に対する究極の個別化治療が実現する可能性も見えてくる。次代の新しい治療領域を拓くことにもつながるかもしれない。

その一方で、「有用な機能や新しい機構を見つけることに留まらず、それを一般化し、創薬や治療の新たな体系へとつなげていく。それが、アカデミアだからこその役割だと私は考えています」と降幡教授は言う。「生命科学・薬学に特化して資源を集中し、多岐にわたる領域で先進的な研究が進められるのが東京薬科大学の強み。本学発の新しい創薬や治療体系を構築し、研究・教育の発展に貢献したい」と未来を展望した。

投稿日:2022年01月27日
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