祖先生物のタンパク質を復元し
全生物の共通祖先の生育環境を調査
検証のカギとなったのは、ヌクレオシド二リン酸キナーゼ(NDK)というタンパク質だ。「NDKは、真正細菌、古細菌、真核生物のほとんどが持つタンパク質で、全生物の共通祖先も持っていたと考えられます。加えてNDKがタンパク質の構造を保てなくなる変性温度は、そのNDKを持つ生物の至適生育温度と高い相関があることから、NDKは生物が生存できる温度環境を調べる『温度計』として使うことができます」と横堀准教授は説明する。
山岸明彦東京薬科大学名誉教授らと共に横堀准教授は、分子系統解析という手法を用いて古細菌共通祖先生物と真正細菌共通祖先生物のNDKのアミノ酸配列を推定し、その配列をコードする祖先NDK遺伝子を復元。それを大腸菌内で実際に発現させて古代のタンパク質を復元し、その熱変性を調べた。
「円偏光二色性法によってタンパク質の構造を解析した結果、復元した古細菌祖先型、真正細菌祖先型のいずれのタンパク質も、熱変性を起こすのは100℃を超えてからでした。この結果から、古細菌共通祖先生物の生息環境温度は81~97℃、真正細菌共通祖先生物は80℃~93℃と推定されました。すなわちいずれも超好熱細菌であると考えられます」。
さらに横堀准教授らは、古細菌型と真正細菌型の塩基配列から全生物の最後の共通祖先のNDKの塩基配列も作製し、同様にタンパク質の変性温度を調べた。「結果は90℃以上を示しました。これらから全生物の最後の共通祖先は75℃以上で生息する好熱菌であったと推定しました」。生物の祖先が高熱環境に生息していたことを実験的に裏付けたのは、世界で初めての成果だった。
さらに条件を変えて実験を積み重ねることによって、古代の生物が好熱菌だったという説をより強固なものにしている。現在は時間をさかのぼり、全生物の共通祖先が生まれるより前の生物がどのような環境に生息していたのかを調べようとしている。
宇宙空間で生命はどのくらい生き続けられるかを検証
また横堀准教授は、宇宙空間における生命の生存可能性についても研究している。「地球上の生命は宇宙からもたらされたという説があります。生命が惑星間を移動すると考えるパンスペルミア仮説によると、他の天体で発生した微生物が地球に到達したのが、地球の生命の起源だとされています」。これは本当にあり得るのか。その疑問を解明するため、横堀准教授は微生物の宇宙暴露実験・通称「たんぽぽミッション」に参加した。
2015年5月、国際宇宙ステーション(ISS)の日本実験棟「きぼう」の船外実験プラットフォームに、放射線耐性細菌デイノコッカス・ラディオデュランス(Deinococcus radiodurans R1)を格納した「たんぽぽ装置」が設置され、日本時間5月26日から暴露実験が開始された。「D. radioduransは放射線に強い微生物として知られています。かつ乾燥や紫外線にも強く、極限環境での生存実験に適した微生物です」と横堀准教授は、この微生物を実験に用いた理由を語る。
研究グループは、真空状態で放射線や短波長の紫外線にさらされた微生物試料を地球に持ち帰って培養し、生き残ったコロニーを計測して生存率を求めた。「その結果から導き出したD. radioduransの予想生存期間は、紫外線が当たる条件で2年から最長8年、紫外線の当たらない環境では48年にも及ぶことがわかりました」と横堀准教授。この推定は、生命の起源となる微生物が他の惑星から地球に到達できる可能性を示したことになる。
横堀准教授らの成果は、今後の宇宙開発にも貢献するという。「月探査や宇宙基地『ゲートウェイ』の建設、さらには火星探査を目指した宇宙探査プロジェクトが進められています。私たちの研究成果は、そうした未知の惑星探査において宇宙環境汚染の防止にも役立つ知見を提供できます」と語る。今後も、宇宙環境での微生物の生存可能性の研究のさらなる発展を目指していく。
横堀 伸一Yokobori Shin-ichi
生命科学部 応用生命科学科 生物工学研究室
准教授 / 博士(理学)
「好きこそものの上手なれ」は研究にもよくあてはまると思います。興味を持ったことについてだからこそ、よく考え、調べることができる。言い換えれば、どんな些細なことであっても、興味を持つことができる対象こそ、研究するべきことではないか、と思います。興味を持つことも、最初からではなくとも良いと思います。知ることで初めて興味を持つこともあると思います。だからこそ、広い視野を持って学ぶことが重要なのだろうと思います。