アンメット・メディカル・ニーズ

婦人科系疾患の治療に
パラダイムシフトを
もたらす標的を探る

ホルモン療法以外に有効な治療法がない子宮内膜症

女性の体内では、思春期から性成熟期、妊娠・出産を経て更年期、老年期まで、生涯を通じてホルモンの分泌が目まぐるしく変動し、健康に大きな影響を与える。「ライフスタイルが多様化する現代、初経の低年齢化や出産数の減少、高齢初産の増加などによって、子宮内膜症や多嚢胞性卵巣、子宮筋腫、卵巣がんなど、特にホルモン異常と関連が深い女性特有の疾患が増加しています」と語るのは田村和広教授だ。

注目している難治性疾患である子宮内膜症の患者数は、推定260万人。この数は、性成熟期の女性の実に10人に1人にのぼる。それだけ身近な病気であるが、激しい痛みや不妊、さらにがんに進行することもある予後の悪い疾患だ。進行に伴って痛みとも関わる病巣の線維化や腹腔内臓器との癒着が起き、手術が困難になることから、早期に発見し、治療を開始する必要があるとされている。「現在はホルモン療法が一般的で、性腺刺激ホルモンの分泌を抑えるGnRHアゴニストや、病巣の増殖抑制作用をもつ黄体ホルモン誘導体などの治療薬が主に用いられています。しかしこれらの薬は根治を期待できるほど十分な効果があるとはいえず、子宮内膜症は現代においてもなお有効な治療法のないアンメット・メディカル・ニーズの高い疾患です」と田村教授は言う。

有効な治療薬の開発を困難にしている最大の理由は、子宮内膜症の発症・進行のしくみがよくわかっていないことにある。教授らは、この機序を解明し、婦人科系疾患の薬物治療に革新をもたらす治療標的を発見しようと研究している。

炎症、線維化を引き起こすメカニズムに迫る

「これまでの病態解析でさまざまな原因が指摘されてきましたが、なかでも有力とみられているのが、逆行性月経血が原因であるという説です」と田村教授。卵巣と卵管の間には隙間があり、排卵時にこの隙間から少量の月経血が漏出することが知られている。漏出量が多いと月経血に含まれる「遺伝子変異により形質転換した内膜細胞や幹細胞」が死なずに異常な細胞となり、腹腔内に生着することで内膜症が起きると考えられる。しかし、いまだ詳細なメカニズムは解明されていない。これまでに姉妹校・東京医科大学との共同研究で、月経血や病巣の出血成分に含まれる局所ホルモンが内膜間質細胞の炎症や線維化を引き起こすことを明らかにするとともに、そのメカニズムに化学走化性因子CXCL12-CXCR4系が関与していることも、最近報告している。

まず、田村教授は、ヒトの子宮内膜細胞を使って子宮内膜症様病変を形成したマウスモデルを作製。このマウスを用いて、病変様組織で起こる生化学的異常を探索した。「逆行性月経血に多く含まれ、炎症を引き起こす因子としてトロンビンやプロスタグランジン(PGE2)があります。これらを内膜症マウスモデルに処置すると、マウスの血中や腹腔内で炎症性サイトカインのIL-6や、PGE2の合成酵素であるCOX-2の発現量の上昇が認められました」とのこと。この結果は、炎症因子が内膜症病変で確かに炎症を引き起こしていることを示している。

次に三次元培養系で、これら因子が上皮間葉細胞の遊走(EMT)を誘起し、内膜細胞の線維化を起こすことを確かめた。「炎症を引き起こす局所ホルモンによって内膜間質細胞からCXCL12が分泌され、これが受容体CXCR4を介してEMTを誘起し、線維化に寄与していると考えられます」と教授はそのメカニズムを解説する。

最近の研究では、大規模遺伝子解析で、トロンビンとPGE2が内膜間質細胞にある線維化因子アクチビンAを介して組織成長因子であるCTGFを産生し、病変の線維化を誘導することも明らかにしている(下図)。現在は、ヒト病変組織やマウス病態モデルを使った解析を進めているという。

子宮内膜症の進展に細胞老化が関わる可能性

さらに田村教授が注目するのが、「老化細胞」だ。組織内に生じた老化細胞が、老化ホルモンを分泌するSASP(細胞老化随伴分泌形質)に変化し、慢性炎症やがんを含む加齢性疾患を誘発することがわかってきている。「おもしろいことに、老化細胞を除去する薬(ケルセチン・ダサチニブ)を内膜細胞の分化誘導系に処置すると、老化細胞が消失し、内膜間質細胞の分化が促進されることがわかったのです」と田村教授。それらの知見から、細胞老化が子宮内膜症の病態に関与しているかもしれないという大胆な仮説を打ち出した。「子宮の外、腹腔などの異環境で月経血に暴露された内膜細胞は、ストレスや成長因子・ケモカインなどの外的因子にさらされ、細胞老化を伴うSASPを引き起こす。それが、血管新生や細胞増殖、組織の線維化をもたらすのではないか」というのだ。これが実証されれば、老化細胞の除去を標的とした子宮内膜症の治療薬の開発につながるはずだ。

炎症や線維化、細胞老化のメカニズムを解き明かすことで、病変の特異的な異常分子に標的を絞った薬剤の創製が可能になる。田村教授の研究によって、ホルモン療法に頼る従来の治療にパラダイムシフトを起こし、薬だけで根治や予防までできる未来が訪れるかもしれない。

月経血(因子)による子宮内膜細胞の線維化メカニズム
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