アンメット・メディカル・ニーズ

ミトコンドリア異常から
難治性血液がんの
発症機序解明に迫る

高齢者で急増する難治性血液がん
骨髄異形成症候群を研究

血液がんは、骨髄にある造血幹細胞の遺伝子異常によって発症する疾患である。近年、遺伝子レベルで病態解明が進んでいるが、病気の種類は多様で、いまだ有効な治療法が見出されていないものも少なくない。林 嘉宏准教授は、そうした難治性の血液がんの一つである骨髄異形成症候群(MDS)に焦点を当て、病態発症メカニズムを解明しようとしている。

林准教授の所属する腫瘍医科学研究室は、病院との連携により、疾病モデルマウスだけでなく、患者検体や最新の臨床データに基づく研究を重視する。臨床医でもある林准教授の「患者起点」の基礎研究が、創薬や臨床応用の可能性を広げている。

「MDSでは、造血幹細胞のがん化によって正常な血液が作られなくなり、血球の減少や細胞の異形成が起こります。半数近くが急性白血病に移行する深刻な病気であり、そうでなくても骨髄不全症を起こし、予後は極めて不良です」と林准教授は説明する。加えて特徴的なのが、高齢になると発症率が急激に増えることだ。根治が望める唯一の治療は造血幹細胞移植だが、高齢者には実施が難しく、現実には有効な治療法はないといっていい。

MDSに共通する現象
ミトコンドリアの断片化を発見

「これまで大規模な遺伝子解析によって、MDSの発症に関わる遺伝子変異が100種類近く同定されていますが、遺伝子異常のパターンと病態が一致せず、病態発症のメカニズムは不明のままです」と林准教授。そんな中、最新の研究で林准教授らは、MDS病態発症の引き金と考えられる衝撃的な現象を世界で初めて発見した。それは、MDSのあらゆる造血幹細胞・前駆細胞に共通してミトコンドリアの過剰な断片化が生じていることだった。

「まず数多くのMDS患者検体や新規に樹立したMDSモデルマウスから造血幹細胞を回収し、RNAシークエンスという手法を用いて遺伝子発現変化を網羅的に調べました。その後バイオインフォマティクス解析を行い、MDSに特異的に発現する遺伝子を数多く同定。それらを詳細に解析した結果、共通してミトコンドリアに関わる遺伝子群の発現に異常が見られることがわかりました」と言う。

そこでMDSマウスと正常マウスの骨髄から造血幹細胞・前駆細胞を回収して免疫蛍光染色を行い、共焦点蛍光顕微鏡や透過電子顕微鏡を使って細胞内のミトコンドリアの状態を観察した。「いずれにおいてもMDSマウスの細胞でミトコンドリアの過剰な断片化が見られました。同じく、MDS患者検体でも遺伝子変異のパターンにかかわらず、同様の断片化が観察されました。一方、急性白血病やその他の血液がんでミトコンドリアの断片化が起こる頻度は、極めて低いことも確かめ、これがMDSに特徴的な現象であることを明らかにしました」。

続いて林准教授は、MDSモデルマウスにミトコンドリア分裂に中心的な役割を担うDrp1を阻害する薬剤を投与。詳細に解析した結果、マウスの生存期間が大幅に伸びるとともに、血球減少や異形成、過剰な炎症をもたらす遺伝子発現といったMDSを特徴づける異常所見が著しく改善されることを確かめた。「以上から、ミトコンドリアの断片化こそがMDS病態形成の根幹をなす現象であると考えられます」と林准教授。「将来はミトコンドリアの異常を標的として、MDSを治す新しい薬の創製の道が拓かれるかもしれない」と期待を寄せる。

血液がんに見られる骨髄の線維化に単球が関わる可能性

また林准教授らは、血液がんの多くに疾患横断的に見られる骨髄の異常な線維化についても、その発症メカニズムの解明につながる成果を上げている。

線維化は、組織が傷害を受けた後、修復や治癒の過程に欠かせない生命現象だ。しかし慢性疾患やがんでは、異常な線維化の亢進が見られ、それが病態進行や予後不良の原因になるとして問題視されている。MDSでも約20%の患者に骨髄の線維化が見られるが、原因となる遺伝子変異は見つかっておらず、その病態発症機序はわかっていないという。

林准教授らは、MDS患者検体の臨床データを詳細に解析し、興味深い事実を発見した。初診時に単球増加が見られたMDS患者の77.8%が、その後の経過中に骨髄線維化を発症したというのだ。単球増加を伴わなかったMDS患者の線維化発症率(12.4%)と比べると著しく高い割合と言える。単球は白血球の一つで、マクロファージや樹状細胞に分化する。林准教授らは、骨髄線維化を起こしているMDS患者の細胞で特異的に発現している遺伝子の中から単球やマクロファージに関係する遺伝子を絞り込み、骨髄線維化の発症や進展に中心的な役割を担う遺伝子候補を見つけ出した。「現在遺伝子改変マウスを用いて解析を進めているところです。骨髄線維化の発症に共通する責任細胞を突き止められたら、まったく新しい治療戦略の創出が可能になるかもしれません」と語る。

さらに近年、がん悪液質の病態形成にも単球・マクロファージの関与が指摘されている。林准教授らは、新規に樹立した慢性骨髄単球性白血病モデルマウスを使って、悪液質誘導に関与する新しい炎症性単球とそれから分泌される液性因子の同定にも成功している。

これらの研究から将来、MDSをはじめ血液がんやその病態に対する革新的な治療法や治療薬が生まれるかもしれない。

MDSの造血幹細胞・前駆細胞でみられるミトコンドリアの断片化

MDSマウス(MDS)および正常マウス(Control)の骨髄から造血幹細胞・前駆細胞を回収し、
異なる方法(免疫蛍光染色/共焦点蛍光顕微鏡、透過電子顕微鏡)を用いて、細胞内のミトコンドリアの状態を観察。

[文献 1)より引用、一部改変] 1) Aoyagi Y, Hayashi Y, et al. Mitochondrial Fragmentation Triggers Ineffective
Hematopoiesis in Myelodysplastic Syndromes. Cancer Discovery 2022. doi: 10.1158/2159-8290.CD-21-0032

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